第89回 家族の疑問5:プロ介護者の考えと家族の思い、微妙な差。
- 母親がグループ・ホーム(GH)に入居している娘さんからの相談です。
娘さんは、コロナ禍の中、なかなか母親と面会できないのですが、ある日GHから電話がありました。「最近、お母様の帰宅要求と介護拒否に困っている。また他の入居者さんとのいざこざも絶えず、施設では対応ができないので病院で診てもらって欲しい」とのことでした。
- この記事の執筆
娘さんの思い
GHから電話を受けたとき、娘さんは「母に限ってそのようなことはあり得ない」と思ったそうです。理由は、入所して1年近くになるのですが、これまでGHで多少の問題があったとしても、介護を拒否するようなことはなかったからです。
娘さんは、コロナ禍で面会が制限されているので、母親が娘を心配してのことでないのか、娘に会いたくて落ち着かないのではないか、と思ったそうです。もしそれが事実であれば、面会に行けば母は落ち着くと考え、GHのスタッフに面会をお願いしました。
ところが担当者は、娘さんが面会に来て帰宅した後、未練で、今まで以上に帰宅要求が激しくなると困る、と思ったようです。そこで担当者は面会の代わりに、落ち着く薬を処方してもらうために、お母さんを受診させてほしい、と頼んだのでした。
その時娘さんは、落ち着かせる薬よりも、母親の気持ちを宥めてあげる方が良い、薬による副作用が心配、と考えました。しかし、スタッフにはそのことを言えず、母親と会える口実でもあるので、受診に同伴することを承諾しました。
プロ介護者の考え
GHの担当者は、娘に会いたくて不穏になっているのではなく、むしろ今の状態は、認知症の重症化に伴う行動異常と考えたのでした。それゆえ、まずは精神状態を落ち着かせる薬剤が必要と考え、受診を勧めたのでした。
GHは、1つのユニットに9名の認知症の人が生活する介護施設で、比較的少人数のスタッフが入居者の世話をしています。それゆえに、一人でも不穏な入居者がいると、その人に手がかかり、職員の負担が増します。
特に夜間は、介護者が一人体制なので、入居者に他室侵入などの異常行動が見られると、その対応に追われてしまいます。そこで、施設では、異常行動を夜間不眠、不穏、見当識障害、せん妄などの認知症に伴う精神症状と解釈し、受診を促し、向精神薬の処方を求めることが多いようです。
両者の違い
同じ認知症の人の異常な行動でも、家族とプロの介護者との捉え方が違います。家族が知っている認知症の人は、認知症になる前のその人であり、今まで生活を共にしてきた人です。むしろ認知症になってからは、その人を以前とは違う人のように思えるのです。
プロの介護者と認知症の人との出会は、認知症との出会いであり、人と人の出会いと異なります。その人の異常な行動や言動の原因を認知症と切り離すことはできません。それゆえ、その対処方法として、医療が必要と考え、薬物で異常行動を改善しようと考えます。
家族は、認知症の人の怒りや不満、興奮などの原因は、その人を取り巻く周囲の人間にあると考えます。それゆえ家族は、「どうしたのか」と原因を探ろうとしますが、多くの場合、本人から聞き出すことはできません。しかし、本人の辛い気持ちを何とかしてあげようと思い悩みます。
このような両者の違いは、時に感情のもつれに発展しますが、大概の場合は家族が折れるようです。その背景は定かではありませんが、恐らく家族は、「お願いしているのだから」と、プロの介護者の指示に従わざるを得ない心境になるのでしょう。
家族の対処方法
受診時には、治療の同意を得るために、家族の同伴が必要になります。この例の場合、家族は認知症の人の様子を見ていないので、スタッフからの報告を治療者に伝えることになります。それゆえ、家族が行う認知症の人の状況説明は、偏ったものになることも多いようです。
治療者は、実際に介護に携わっている人から情報提供を受けて、治療方針を立てます。それゆえ、本ケースのような場合、家族は、施設介護者に受診時同伴を求め、詳しい症状の説明をお願いし、治療者に正確な情報を与えることを試みてください。
医療処置について、現場の考えと家族の思いが異なることは、多々あります。無論、お互いに理解しあうための話し合いは必要ですが、結果としてなかなか双方が納得する解決方法が見つからないのが現状です。その理由は、お互いの立場の違いとしか言いようがありません。
プロの介護者が考える医療を家族が理解することは困難です。そこで家族は、本人にどのような治療を施し、その結果どのような効果をみるのか、治療者に詳しく聞くのも良いでしょう。その際、プロの介護者の同席があれば、治療者を挟んで、家族と介護者の3者による話し合いができ、家族の思いを直接話す良い機会になります。
プロ介護者の心意気
認知症の人のほとんどに異常な行動と精神症状(BPSD)が見られます。平成24年の厚生労働科学特別研究事業「かかりつけ医のためのBPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン」によると、BPSDの対応として、第一選択は非薬物療法です。薬物療法よりも、まずは介護環境を調整し、認知症の人に安心で安全な環境を提供することが、BPSDの対応として求められます。
我々の研究では、BPSDの発症に、認知症の人の不安が関連していることを明らかにしました。すなわち、認知症の人の不安を多少でも取り除くことで、BPSDは軽減します。同時に認知症の人に安心な環境を提供することで、BPSDの発症を抑えることができます。その役目を担っているのがプロの介護者です。
認知症の人の家族の不安を取り除くこともプロの介護者の支援の一環です。家族の認知症の人への思いを理解することは不可能かもしれませんが、その思いに寄り添うことはできます。それには自らの考えを理解させようと努めるのでなく、家族の思いに耳を傾けることです。
介護は、被介護者に安全で安心できる毎日を提供することです。専門的介護能力、医療の知識、そして本人と家族の思いに寄り添う柔軟な対応、これらが三位一体になったサービスを提供することこそがプロの介護者の意気込みです。
ユッキー先生のアドバイス
臨床の現場では、BPSDの治療薬として、抗認知症薬のメマンチンや非定型抗精神病薬を使います。その際、症状の程度や頻度、他の内服薬との併用の可否、糖尿病や他の身体疾患合併の有無、薬剤の過敏性など、副作用を最小限に抑えるための厳重なチェックを行い、薬剤を選択します。
治療者自身で薬物の効果や副作用を確認できませんので、介護者の報告が頼りになります。安全に服薬していただくためには、服薬後の介護者による細かな観察と正確な情報が必要であることを認識していただくと、治療者は助かります。
(2020年12月17日)
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