第16回 誰が認知症の人を看るの?
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3回にわたってドネペジル、リバスチグミン、ガランタミン、そして主にBPSD の時に使用する向精神薬について説明しました。この回では、薬の話から離れて、家族介護者の話をしましょう。先日、もの忘れ外来で、ある家族の人がこんな言葉を漏らしていました、「どうして私が世話しなければいけないのか」。自分の親や配偶者が認知症になったら、その家族はその人の世話をしなければならなくなりますが、その際に誰が世話するのかは必然的に決まってしまう事が多いように思います。実際には、介護者として適任の家族がそれを担うことが良いのかも知れませんが、必ずしもそう上手くはいきません。そんな場合に誰が認知症の人を世話するのでしょう。
- この記事の執筆
介護に向かない妻が介護者の場合
佐々木義信さん(仮名)72歳は、67歳の時にアルツハイマー型認知症との診断を受け、現在あるグループホームで生活しています。妻は70歳で、趣味のお店を経営しています。
義信さんは、ある大手の商事会社を65歳で定年退職し、その後関連会社の顧問として週2日出勤していました。1年ぐらいたった頃から、出勤日には出勤せず、他の曜日に出勤することが多くなりました。また顧問としての仕事もできなくなったことから、会社を退職することになりました。
妻の今日子さんは、義信さんが退職する5年前から趣味の店を経営するようになり、それがようやく軌道に乗ってきたので、ほぼ毎日店に出て、忙しい日々を送っていました。そして、義信さんのこのような状況を歳のせいと、さほど深刻に受け止めていませんでした。
それから約半年が過ぎたころ、今日子さんが帰宅すると玄関の鍵が開いていたにもかかわらず夫の義信さんが不在だったのを不思議に思いました。夜遅くなっても一向に帰宅しない夫に何かあったのか心配になりましたが、その時に20kmぐらい離れている街の警察から義信さんを保護して旨の電話があり、とりあえず車で迎えにいきました。警察で見た義信さんの姿を見て驚いた今日子さんは、初めて夫の異常に気付きました。転んだのか衣服は汚れ、裸足でいる姿はまるで別人でした。そして警察の話しでは、財布などの所持品は何もなかったようでした。帰りの車の中で何を聞いてもはっきり答えない夫に腹立たしくも思いました。
それから約1カ月後にもの忘れ外来を受診し、アルツハイマー型認知症と診断されました。今日子さんが夫を一人にしてお店に出かけると、夫は一人で外出してしまい、警察に保護されることが何度と繰り返されました。ある時は、お店に夫を連れてきて来たのですが、夫の異常な行動にお客も不思議そうに見ていたので、それ以来、お店に連れ出すことはやめました。
現在の義信さんは、トイレ、着替え、入浴、食事、整容はどうにかできますが、外出や買い物、金銭の管理などの複雑な行為はほとんどできません。それゆえ今日子さんは夫の世話をしなければならないのですが、お店も続けたいので、どのように介護とお店を両立したら良いのか困りました。
介護の本音とたてまえ
アルツハイマー型認知症のご主人は、比較的軽度の認知症で、行動心理症状(BPSD)としては、徘徊があり、特に暴言や暴力等の行動はありませんでした。介護保険申請後に要介護1と判定され、担当のケアマネジャーは、今日子さんができるだけお店に出られるように、デイサービスを中心にケアプランを立てました。しかし、今日子さんの思うような時間にデイサービスを利用できず、また義信さんの徘徊の回数も増え、お店に出られない状態が続きました。今日子さんは、このままお店を続けることができないと、思い始めたのでした。
今日子さんは、私に本音を聞かせてくれました。「結婚して夫といつも一緒だったのは、最初の頃2人で過ごしたアメリカでの4~5年だけでした。2人の子どもを出産した後は、単身赴任が長く、夫はほとんど家にいませんでした。晩年は、夫への愛情はなかったのですが、給料を持ってきてくれる夫には感謝していました。一時は、そのような生活が耐えられなくなって離婚も考えたのです。でも、どうしても子どものことを考えて思いとどまったのです。そして、私は自分の趣味の小物を売るお店を持ったのです。最初の頃は苦労しましたが、今では雑誌にも紹介され、どうにか食べていけるようになりました。そんな今の私にとって、夫と仕事とどちらが大切と言えば仕事の方です。こんな鬼のような私が嫌になってしまうのですが、でも、夫には優しい介護はできません。ついついこの人がいなければ、と思ってしまいます。」
今日子さんの葛藤は、「夫の介護はしたくない、でも妻としてしなければいけない、夫を介護すればお店を続けることができない」でした。この相談を受けたときに、今日子さんの気持ちがよく分かりました。妻という立場から、夫の介護は、この場合、必然として今日子さんが担うことになります。このようなケースをみると介護というものは、とても暴力的にも思えますね。
今日子さんはプロの介護士ではないので夫を介護するにはよっぽどの労力と忍耐が必要です。ましてや今日子さんは、夫に愛情を持って介護をする事には自信がありません。これまでの結婚生活は、恐らくあまり良い関係でなかったように思います。さらに、今日子さんには、築き挙げてきたお店という自分のお城があるのです。そのお城まで捨てて、認知症の夫を介護し続ける事が果たして可能なのでしょうか。
介護者の負担
2007年の国民生活基礎調査によりますと、在宅高齢者の介護者の約7割は女性で、その半数以上が妻です。この数字は、必ずしも認知症の人の介護者の割合と同じではないかも知れませんが、いずれにしても女性が介護を担うことが多いことには変わりありません。その介護者の80%以上が多少にかかわらず介護が辛いと感じ、そのうちの4割は、介護に対して、非常に困った、辛い、と感じているのです。にもかかわらず、介護を「当然のことである」と考えている介護者が多いのも確かです。
そして多くの家族介護者は、「症状の経過がわからない」、「介護者の自由な時間が欲しい」、「介護者自身の身の回りのことができない」、など将来への不安や介護者自身の時間が束縛されてしまうことの訴えが多いようです。
このように家族介護者はさまざまな介護負担を訴えますが、この訴えは、認知症の程度や困った行動などの認知症の人の原因によるものとは必ずしも言えません。介護者となる人の健康状態、介護を手伝う他の家族の存在、認知症の人とその介護者との以前からの人間関係と関連しているようです。
また行動・心理症状が発現する要因の一つに、家族介護者と認知症高齢者との人間関係が挙げられ、人間関係が悪い群では、良い群に比較して精神症状の発現頻度が高いということが言われています。このように、介護者と認知症の人との以前からの関係は、介護者の介護を行う意欲に影響し、それが認知症の人の精神状態を悪化させる要因となる事も考えられます。それ故、「妻だから(嫁だから)介護すべき」といった世俗的な考えを前面に押し出し、その家族に介護を強要したり、在宅介護の継続を説得したりすることは、介護者の介護に対する陰性感情を増強させ、介護破綻を導くことがあります。同様に介護者自身も自分がその人の介護に適しているのか、見極めることを忘れてはなりません。認知症の人の介護は、さまざまな負担が付きまとい、想像以上に大変なことかも知れません。これらの全てを一人の家族が背負うことは、大きな困難を伴いますが、そこで必要な事は、介護をシェア-するという考え方です。家族ができる事はして、出来ない事は他の家族やプロの介護者に委ねることです。
介護をシェアーするとは
今日子さんの場合も夫の関係が必ずしも良いものではありませんでした。その夫が認知症になり介護が必要になったからと言って、今日子さんの大切なお店までやめて夫の世話をする気にならない気持ちもよく分かります。このような今日子さんに夫の介護を強制しても、介護破綻は目に見えています。
ただ、今日子さんとしてもこれまで一緒に生活を共にした夫を無碍にする事もできない気持ちがあります。そこで今日子さんに必要なのは、今日子さん自身の生活も守りながら、お主人を世話する方法です。
今日子さんのような介護者は、一般的にどのように介護のシェアーをすれば良いのでしょうか。具体的に述べましょう。
1. 義信さんのできる事、できない事を十分に把握する必要があります。例えば義信さんはある程度身の周りのことはできます。しかし、現役の頃は家にいることが少なかった義信さんにとっては、どうしても外に出て活動したい思いがあるようです。
2. 今日子さんにとっての介護の限界とはどのような状況なのでしょうか。仕事が続けられなくなった時が限界なのか、仕事を辞めて夫を世話しても、自分の世話に大きな負担を感じた時が限界なのかよく考えるべきでしょう。
3. 恐らく、今日子さんにとっては、仕事がとても大切な時間なのでしょう。そうでしたら、仕事を続ける事ができる様に介護のシェアーを講じる必要があります。
4. そのシェアーの選択肢の一つがデイサービスの利用かもしれません。ただし、要介護度による利用の限界はありますので今日子さんの思うシェアーはできないかもしれません。その限界を今日子さんが受け入れ、シェアーできない時間を今日子さん自身が世話できるか否かの検討が必要になります。
5. デイサービスの利用で十分な介護シェアーができないとしたら、グループホームの利用も視野に入れると良いのではないでしょうか。グループホームやその他の介護施設の介護の質は大変向上しています。ですから、家族だけで介護を担わなければならない、という思い込みをちょっと見直す必要があるのではないでしょうか。
このように、認知症の介護は、必ずしも家族が行うことがベストでないこともあります。その際には、地域のいろいろなサービスを利用して、介護者の負担を軽減する事は、長く継続する介護に欠かせないことであり、認知症の人と家族の良い関係を続けて行くには大変重要なことです。
今日子さんは、グループホームの入所を選択しました。とても運が良かったようで、近くのグループホームに入所でき、今、義信さんは、そこで生活しています。そして今日子さんは、今まで以上に夫に優しくなれた、と言っていました。このような関係も両者にとって良いのではないでしょうか。
ユッキー先生のアドバイス
家族にとっての大きな負担は、いつまで介護を続けられるのか、いつまでしなければならないのか、と言う将来への不安です。その不安を多少でも解消のためには、認知症の人の介護が始まった時から介護者自身の介護の限界を決めておきましょう。
例えば、失禁が始まったら、目が離せなくなった、行動の異常が激しくなった、など認知症の症状の出現で限界を定めることも良いでしょう。また、介護者自身が健康を害した時、一人での世話が困難になった時、あるいは2~3年ぐらいは続けられるがあとはプロに任せたい、など自分の介護の限界を定めておくことも必要です。そして、さらに重要な事は、誰と介護をシェアーするかです。多くの場合は、今日子さんのように施設にお願いする事になるのかも知れません。それでも、あらかじめ限界を定めておけば、その場になって慌てて施設を捜すよりも、納得いく施設にお願いできるのではないでしょうか。
(2013年11月2日)
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