第46回 介護離職を防ぐには
- 今、我が国の65歳以上の高齢者は、全人口の25%を超え、同時に15歳から64歳までの生産年齢人口が60%を割り込む勢いで減少しています。2030年には、現在の約8,000万人の生産年齢人口が6,700万人(総人口の58.1%)となり、終戦直後の水準まで減少することが予測されています。
この生産年齢人口の減少により高齢者1人に対して2.8人の生産年齢が扶養している現状から、2030年には1.8人で扶養することになり、働く年齢の人の負担がますます増加することになります。同時に国内総生産GDPの減少も当然予測され、我が国の経済発展に大きな影響をあたえることも否めません。
このような我が国の現状で、認知症の人の介護を担うのは、その子たちが主体となり、そこに介護離職という問題が浮上しています。これ以上、若い人たちの生活負担が増大することは、回避しなければなりませんので、その対策が我が国の緊急課題です。
今回のコラムでは、この介護離職を防ぐための方略を考えてみたいと思います。
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在宅介護の意味を考えなおすと・・・
昭和57年に作家有吉佐和子氏が「恍惚の人」を発表しました。その頃は、高齢人口が10%前後で、認知症などで介護が必要な人の世話は、家で妻や嫁、娘といった女性に任せていました。そのような時代背景の中で、この本が出版されたのですが、認知症の人の家庭での様子や介護の大変さを見事に描いた作品で、大変評判になりました。平成2年には、TVでドラマ化され、その後も他局でドラマ化され、日本社会に大きな衝撃を与えることになりました。
わが国では、昔からの儒教精神の下で敬老を重んじ、老いた親を家族が世話することが尊ばれ、現在に至るまで、世代間でその精神を受け継いできました。しかし、我が国の少子高齢社会の現実は、2人の若い夫婦が4人の高齢の親たちを世話する可能性を秘め、若い人たちには、高齢者介護の大きな負担が伸し掛かっています。このような時代に、親を介護することの意味をどのように捉えたら良いのでしょうか。
私には、94歳の父親と88歳の母親が居りますが、当然2人とも他者の介護なしには生活できない状態です。両親は、東京での小さな家内工場をリタイヤしてから伊豆に移り住み、自然に囲まれた土地で生活しておりました。しかし、母親が80歳ごろから認知症を患い、当初は父が世話をしていたのですが、大腿骨の骨折を機会にグループホームに入所しました。父も、自身の入院を機に母の近くのサービス付き高齢者住宅(サ高住)に住み移り、そこから母の面会に通っています。そんな中で私自身は、親を直接介護しているわけではありませんが、子としての役割を果たしているつもりです。
月に何度か、両親のもとに訪れ、母親の身の回りの整理やホーム職員との介護上の話し合いの時間を持ちます。また、父には、楽しみにしている外食に連れていき、サ高住での日々の出来事の話を聞きます。最も大きな負担は、経済面での負担です。2人の施設利用費を扶養することは、いくら地方都市の施設と言え、そう容易い事ではありません。
私は、当初から両親を自宅で世話することを考えませんでした。両親の世代の人に言わせれば「なんという親不孝者」なのでしょうね。
しかし、私の場合、たとえ介護離職したとしても両親の世話はできませんし、正直なところ、その意思も初めからありませんでした。理由を考えるに、まず私は、親から離れて生活していた期間が長いせいか、両親との同居生活の状況が想像できません。思い浮かべることは、同居の大変なことだけです。仕事柄、認知症のことにつて十分理解しているつもりですが、それを実際の在宅介護に生かせるかは、別の話です。そして、まだまだ自身の社会活動への未練が沢山ありますし、それを犠牲にして、父母の世話をしたいとは思いません。
でも、両親を世話できるのは、私しかいませんので、私にできることをする、それも無理せずに行うことにしました。
認知症の母は、私が面会から帰るときに必ず「さぁ、帰ろか」と帰る支度をしますが、「ごめん、仕事があって一緒には帰れない」と説明すると「そうか、大変やなぁ、体に気を付けってや」と母親の顔になります。そこでの私の勝手な解釈は、母も私が世話できないことをわかっているのです。父親も、サ高住への入所には、二つ返事で了解してくれました。その理由として母を残して東京にはいけない、私が父の日常の世話をできるはずがないことがわかっていたからです。
自宅で認知症の人を介護することは、独居生活ができないその人に、毎日の安全を家族が担保することです。昔のように、多世代同居の家族が老い人を共同で世話する環境であれば可能かもしれませんが、今の時代に、昔と同じ感覚で、親の在宅介護を考えること自体、無理なことです。そのことは、おそらく誰もが承知しているはずですが、「親の介護ができない」ことを口にすることに後ろめたさがあるのではないでしょうか。
「世話をしたい」と思うことと、「世話ができる」こととは異なります。認知症の親とその子が、どのような関係であろうと、自分の親が生活できなくなった時に、誰しもが「世話」を考えます。「世話すべき」と建前を優先し、その後、介護の大変さを知り、そこから逃げ去ってしまうなら、世話ができるか、できないかを、自身でよく見極め、行動することが重要です。
我が国の「親を世話することが正しい子の在り方」という考えは、これからも尊重され、そのような親子関係が自然と継続することを望みます。そのためには、「親の世話」の世話は、今の時代に適した方法で世話を考えるべきでしょう。
自宅で世話するには
認知症の人を自宅で世話するには、世話する側の条件を整えなければなりません。今、離職して「自分の親を介護しなければならないか?」と悩まれている方には、以下のことを自問自答し、自身が本当に介護を続けることができるか、否かを判断してください。
現在の社会活動への影響
多くの介護離職者の話を聞くと、現在の仕事にひと段落が付いた頃か、何らかの転換期に介護離職を考えるようです。
その背景には、現職にピリオドを打つ理由に、介護を挙げている人も多いようです。当然のことながら、離職後の生活費や再就職のこと、また介護以外の自身の時間の過ごし方について考えた末に離職を決断すると思います。しかし、認知症の介護は、一時的なものでなく、長期間にわたりますので、そのことも考慮に入れ、ご自分が何年介護を続けられるのか、考えておくことも必要です。
介護の環境
自宅が介護する環境に適しているかの判断はなかなか難しいのですが、場所の問題より、介護を手伝える人間、介護を分担できる人が家庭内に存在するか否かが介護を継続する上で重要な要因になります。何もかも一人で認知症の人を世話することは困難ですので、この点は十分念頭に置く必要があります。
健康状態
介護する人は、健康でなければなりません。認知症の介護は重労働です。介護を継続するためには、介護者自身が肉体的にも精神的でも健康でなければなりません。ここでの健康とは、まったく病気を持っていないという意味ではありません。いつでも無理できる体力と精神力を有していることです。
日々の負担感
これまで認知症の人を世話してきて、それに負担に感じることがありましたか?すなわち、離職して世話する決意ができでも、それを継続することはなかなか困難です。介護が長期化する可能性を考えると、自身が実際に介護という行為が好きか、嫌いかを自問自答してみてください。
それは、自身の親の介護ができる、できないではなく、介護という仕事が得意か、そうでないか、を自問することです。
介護の仕事内容は、食事や排泄、入浴、着替えなどの身の回りの世話が中心になります。無論、プロの介護者と連携を取りながらそれらを行うことは重要ですが、プロの介護者が傍にいない時間帯の方が多いわけですから、それらのすべてを日々行わなければなりません。そこで必要なのが、介護することの得手不得手の感情であり、これが介護を動機付ける上で大きな要因になります。
本人との関係性
認知症の人とのこれまでの関係性は、介護の継続に重要な要因となります。同じ親子関係でも、親への感情は兄弟姉妹間で異なります。また、私は、母親の入浴や排泄の世話はできなませんが、それは異性という関係性があるからです。
私が臨床で感じることは、愛情の深さと、介護が「できる」、「できない」とは必ずしも一致しないと思っています。
介護ができないからと言って、その人への愛情が希薄なわけではありません。「介護には愛情が必要」とよく耳にしますが、そこでの愛情は、ヒューマニズムという意味で、第三者の介護者によく使われる言葉です。家族が抱く、認知症の人への愛情は、ラブであり、別物です。そこを、混同せずに世話を考えてください。
介護離職を防ぐには
介護をシェアする
介護離職を防ぐ最も重要な行為は、「介護をシェアする」ことです。前回のコラムでは、信友直子さんの例をご紹介しましたが、大変な介護を自分一人でやろうとせずに、他の家族や社会資源を十分に活用してください。そこには、「自身ができないことは、他者に任せる」という考えに徹してください。他者とシェアして、できるだけ負担を軽減し、働きながら介護を続けてください。
社会資源を十分に理解する
介護をシェアするには、介護保険サービスなどの社会資源サービスを積極的に利用してください。サービスの内容をよく理解し、どのサービスがどれだけ必要かを十分検討してください。そこでそれらの情報収集に重要な役割を果たすのが地域包括介護支援センターです。一度、地域のセンターに行き、ケアマネジャーさんに相談してみてください。安心して仕事が継続できるようなケアプランをケアマネジャーに立てていただいてください。具体的なサービスとして小規模多機能施設などは働いている方の利用勝手が良いように思います。
介護施設入所も一つの方法
やはり、24時間のケアが必要な人を在宅介護サービスのみで対応することが不可能なこともあります。
私の母の場合も社会資源のみでの対応では不十分でしたので、入所を決意しました。私自身の経験から、入所を選択することは、在宅での介護放棄ではなく、在宅介護の延長です。
自宅で世話するのではなく、施設で私のできないこと、やらなくともよいケアをお願いし、私がすべきことは、これから先も世話し続けていきます。要するに、施設ケアは、在宅ケアの延長と考えてください。
金銭の工面
介護離職しても、施設入所を選択しても、お金はかかります。そこは、あらかじめ対策を練る必要があります。恐らく、入所の費用は毎月15万円から25万円ぐらいと見積もっておけばよいかもしれません。
その費用をどのように歳出するかの検討は欠かせませんが、それを短絡的に無理と決めつけず、本人の年金、預貯金、不動産、他の兄弟姉妹からの援助など、あらゆる方法を検討してみてください。よい方法を見つけるために、場合によっては専門家に相談してみてください。
賢い対応とは
若い人が介護離職することで、社会参加や活動を中止してしまうことは、社会にとって決して得策ではありません。また、「親の世話」の考え方が過去の慣習に捕らわれたものであるならば、それはご本人のための介護離職ではなく、介護する人自身の世間体を気にしたものかもしれません。
介護するご自身やその家族の生活を守ることも重要な使命です。そして親の世話と自身の生活をいかに共存させるか、一人で悩まず専門家に相談してみてください。いろいろな可能性を探ることで、よい手段が見つかり、それを実行すること、これこそが賢い選択と言えるのではないでしょうか。
誤解がないようにあえて言いますと、介護離職は誤った決断、と言っているわけではありません。何が何でも親の介護は子がすべき、という暴力的な考え方で、お互いがつぶれてしまえば、元も子もない、という事です。
ユッキー先生のアドバイス
介護離職をされて、日々の介護に奮闘されている方へのアドバイスです。
①是非、「日常の介護をシェアする」ことを常に念頭に行き、実際に自身ができないこと、しなくてよいことは、プロの介護者に任せるようにして、負担軽減に努めてください。
②在宅介護の限界を定めてください。
社会資源サービスを利用しても、認知症が進行してくると、どうしても限界を感じることがあります。例えば、介護者が入院するなどの介護できない状況になった時の手段を予め考えておいてください。大方、その時は施設入所を考えますが、その際にどこの地域のどのような施設がいいのか、調べておくと慌てないで済みます。今、順調に介護を営んでいる方でも、自分の介護の限界を考えておく必要はあります。
③認知症の人に「してあげること」だけを考えるのでなく、認知症の人から「してもらうこと」も考えてください。
例えば、シュートスティにお願いして、親しい友人と温泉旅行にでも行って、羽を伸ばしてください。恐らく、旅行中、本人のことが気になって、旅行どころではないのかもしれません。でも、旅行が楽しく、気分転換になったとしたなら、帰宅してご本人を迎えに行った時に「ありがとう」と感謝の気持ち、優しくなれます。
④介護シェアが成功させて、時間に余裕が持てたなら、再就職の可能性も考えてください。あなたの社会参加、社会活動を待っている人がいるのではないでしょうか?
⑤介護離職をしても、しなくても、やはり介護が終わった時には、何らかの後悔は残ります。ご自身が選択したことに自信をもって、前向きに生活してください。
後悔したり、毎日の世話に振り回されたりしていると、あなたの表情にも余裕がなくなり、厳しくなります。ご本人にとって、そのようなあなたを見るのがとても辛いのではないでしょうか。
(2016年11月16日)
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