第60回 認知症の人の対応~ごはん食べていない~
- 認知症の人が食事した直後に「ごはん食べたい」とせがむ話をよく聞きます。食事に纏わるその他の事として、異常な量を食べる(過食)、盗み食いをする(盗食)、食べられないものを食べる(異食)、よく喉に詰まらせる、など介護者を困らせる行為が沢山あるようです。
第60回コラムでは、認知症の人の食事に関する困った行為を取り上げ、その対応を考えてみました。
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ごはん食べていない
私たちの満腹感や空腹感は、脳下垂体の満腹中枢と摂食中枢が関与しています。食事を摂ると、血中の糖質、脂肪、インスリンが増加し、満腹中枢が刺激され、満腹を感じ、同時に摂食中枢が抑制されて食べることを止めます。また、血中のこれらの栄養素が少なくなると、摂食中枢が刺激され、満腹中枢が抑制され、空腹感を訴えて、何かを食べようとします。
認知症の人の食事に纏わる話で多いのが食べたことを忘れ「ごはん食べていない」と再度要求することです。この原因として、満腹中枢の機能が働かなくなり、いくら食べても満腹にならず、摂食中枢が刺激され、どんどん食べたくなることが考えられます。また、食べたことも忘れてしまうエピソード記憶の障害も加わり、「食べてない」と訴えるようです。
食べたことを忘れ、満腹感がなく空腹を訴える人に食事を与えないと「自分だけが食べさせてもらえない」という被害感情や「この先、何も食べられないのでは・・」と不安感を持つ人がいます。そこで、食べたことを説得しようとしても無駄で、説得が被害感情や不安感を増加させ、怒りや暴言・暴力などの他の困った行動に発展させてしまうことがあります。とは言え、本人の要求通りに食べさせることは、肥満になり、健康管理上良くありません。
比較的成功する対応として、「ごはんの用意をしますから、できるまで待っていてくだい」との声かけです。時には、お茶やお菓子を用意して「お腹すきましたね、これでも食べて待っていてください」とお菓子などを差し出すことも良いでしょう。あるいは、時計を見せながら「夕食は6時にしましょうね。今日のおかずは何にしましょうか」と、次の食事の時間を告げ、食物の話題を持ち出すのも良いでしょう。「食べさせてもらえない」という嫌な気分から、「もうすぐ食べられる」という期待にかわり、効果的です。
食事でない話題で気分を変えるのもよいのですが、話題によっては逆効果になる場合もあります。その時の本人は、食事のことで頭がいっぱいですので、話題を変えることで怒り出す人もいるようです。むしろ、食事の話題を持ちかけて「この人は食事のことを考えてくれている」と安心させる方向に向けるとよいでしょう。
過食と盗食
「ごはん食べていない」と訴える認知症の人の中には、異常な食欲で大量に食べる「過食」や、家族の目を盗んで食べる「盗食」などの食行動の異常につながることがあります。過食は、食べ物をどんどん食べてしまう行動で、満腹中枢に関係します。いくら食べても満足しない、大きな菓子袋の菓子をすべて食べてもまだ欲しがるなど、考えられない量を食べます。
家族は、その食べ方に驚き、何とか食べるのをやめさせようと食べ物を取り上げますが、その対応に認知症の人は怒りを爆発させることがあります。そこで、これまでの食事の量よりも多くなったことに気づいたら、追加の食べ物を要求されても、無いことを本人に伝え、断ってください。また、食べ物が目に入らない工夫をしてください。食べ物があればあるだけ口に入れようとします。
家族から食べ物がもらえないと、今度は冷蔵庫や食器棚など、いつも食べ物が置いてある場所を探して、いわゆる盗み食いを試みます。特に夜間や家族が近くにいない時など盗食する人が多いようです。この場合の効果的な対策は、目が届く所に食べ物を置かないことです。しかし、難しいのが冷蔵庫の中の食物の管理です。介護者の中には冷蔵庫にカギをつけるなどの対応をしていますが、簡単にはカギを取り付けられません。そこで、冷蔵庫の中の食べ物が直接目に入らないようにプラスチックの容器にしまうなど工夫をしてみてください。
異食
異食は、食欲の異常で、土、砂、石、洗剤、糞など、通常は食欲の対象にならいものを摂食することです。幼児や小児にみられることで知られていますが、認知症の人にもたまに見かけることがあります。口に入れ、飲み込んでも身体に影響がないものであれば特に心配はありませんが、農薬や紙タバコなどは、場合によっては死につながります。このように身体に悪影響を及ぼす物を飲み込んだ場合、またそれを疑った場合は、直ぐに救急病院に搬送する必要があります。
異食は、食べられない物を食べられるものと誤認する認知の障害で起こる行為と言われています。例えば、農薬などは清涼飲料と誤認し、また紙タバコを銜えている姿を普段見ていると、食べるものと思い食べてしまうことがあります。このような毒物の異食は、本人の呼気に異様な臭いがしますので発見させることがありますが、アルカリボタン電池などはとかく見逃して、後で胃潰瘍を作り、大事に至ってしまいます。
異食と似た行為に口唇傾向があり、乳幼児にみられることで知られています。新生児は、お母さんが唇を突くと、それを舐めようと口を運び、吸いつく行為が見られますが、これが口唇傾向で、原始反射の一つです。また、幼児がおもちゃなどをよく舐めているのを見ますが、このように何でも口に運ぶ行為を口唇傾向と言います。
認知症の人の場合の口唇傾向は、その辺にあるものを手にとって何でも口に入れてしまう行為ですが、食べられないものとわかると吐き出し、飲み込みません。それうえ、異食とは異なりますが、中には、口唇傾向の行為の延長として、食べ物でないものを飲み込んでしまうこともありますので注意が必要です。
この口唇傾向は、前頭側頭型認知症が重症化した例にみられることが多く、両側の側頭葉が委縮することで起こることが知られています。他の認知症でも重症化すると両側側頭葉が破壊され、このような原始反射が出現する場合があります。
もともとはクリューバー・ビューシー症候群といって、猿の両側側頭葉を破壊した実験で発見さられた症状で、その後、進行した前頭側頭型認知症にみられる症状として有名になりました。それゆえ、口唇傾向は認知症の人に見られる行動・心理症状BPSDではなく、脳の破壊に伴う神経症状と考えられます。
いずれにしても、異食や口唇傾向は、認知症の末期に出現する症状で、その対応に介護者の十分な監視と環境の整備が欠かせません。すなわち、口に入れて危険なものは本人の目の届く所に置かないことが大原則です。
家族が異食や口唇傾向に初めて遭遇すると衝撃を受けます。しかし、認知症が重症化すると出現する食行動の異常である、と知識していれば、その衝撃も軽減されます。排泄や着替え、身辺の整理など日常生活全般にわたって世話が必要になる頃に、このような食行動の異常がみられることを認識してください。そして、本人の目の届くところに危険なものを置かない配慮が重要です。
むせる、誤嚥
水分や食物を飲み込もうとすると、口の奥の軟口蓋が鼻腔を塞いで、同時に気管支の入り口の喉頭蓋という蓋が閉まり、飲み込んだものが気管や鼻に入らないようにします。この食べ物を食道から胃へと送り込む仕組が嚥下で、この機能がうまくいかずに食べ物が誤って気管の方に入ってしまうことを誤嚥と言います。
高齢者によく見られるのが、食事中の「むせ」です。特に、お茶やジュースなどの水分、みそ汁などの汁物などは、固形物よりもむせることが多いようです。これは、誤嚥した食べ物が肺の中に入らないようにする反射の一つで、むせや咳こみで防衛します。この反射の力が弱くなると、食物が肺に入り、それが感染源となって誤嚥性肺炎を患ってしまいます。
加齢、認知症、脳卒中、その他の脳神経系や筋肉に障害により、嚥下の機能に支障をきたすのが嚥下障害です。これは、食物を噛むことや唾液や噛み砕いた食物を上手く飲み込むことができなくなるので、誤嚥やそれに伴う嚥下性肺炎の危険を伴います。この肺炎は、何度も繰り返すことが多く、また完治が難しいので、高齢者にとって余命に関連する重大な疾患です。
そのために、医療機関では、誤嚥性肺炎が繰り返される人に胃瘻(いろう)増設を考えます。これは、腹部に小さな穴をあけて胃の中に管を入れ、そこから必要な栄養や水分を補給する処置で、延命措置の一つです。胃瘻の増設には賛否両論がありますが、誤嚥性肺炎をかなりの割合で回避できます。
胃瘻でなければ誤嚥性肺炎が回避できない、と考える医療・介護関係者もいますが、必ずしもそうとは限りません。食材を食べ易くして、また飲み込み易くする工夫や食事介助の方法で、ある程度回避できます。水物には、トロミをつける食材を使用したり、固形物は、飲み込みやすく細かく刻んだり、またペースト状にして、少量ずつゆっくりと口に入れることで、比較的スムーズに飲み込むことができるようになります。
嚥下障害の原因や誤嚥を防ぐ方法をアドバイスしてくれるのが言語聴覚士で、現在全国に約3万人の国家資格を持った専門家が働いています。リハビリテーション専門病院の多くに言語聴覚士が働いていますが、介護施設でも見かけますので近くの地域包括支援センターに問い合わせてください。この専門家に嚥下についてのアドバイスを受けると、食事介助をスムーズに行うことができるようになります。
ユッキー先生のアドバイス
食事は、私たちの生活に欠かせない行為の一つであり、また生活を豊かにしてくれる行為でもあります。その行為が認知症により異常な行為に変身しまうことは、本人にとっても、家族にとっても耐え難い思です。自らの力でそれらを改善することは困難ですので、家族が生活上の工夫や環境の整備で対応しなければなりません。
食行動の異常の多くは、認知症が進行した過程で出現します。そして、その対応を家族が行うことには多くの困難が付きまといます。また、場合によっては、取り返しのつかない事故にもつながりますので、食行動の異常の対応には、家族のみで対応しようとせず、プロの介護者の力も借りてください。在宅での対応に限界を感じたならば、介護施設にお願いすることも考えてみてはいかがでしょうか。「介護をシェアする」考えを思い出し、できないことはプロにお願いしてください。
(2018年3月2日)
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