第15回 認知症の薬の話(続々)
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2回にわたってドネペジル、リバスチグミン、ガランタミンについて説明しました。この回ではメマンチン塩酸塩について説明しましょう。また、認知症の人は、幻覚や妄想をはじめさまざまな精神症状を来します。暴言や暴力、抵抗や拒否などの行動の異常も見られ、これらが毎日の介護に大きな負担となる事は言うまでもありません。このような時にもお薬が効果的な場合もあります。
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メマンチン塩酸塩 (商品名 メマリー)
1)開発の経緯
メマンチン塩酸塩は、ドイツのメルツ社で開発された抗認知症薬です。2002年には、ヨーロッパで、2003年には米国で承認され、2010年9月には、世界70国で発売されています。この薬もアリセプトが発売された1999年にはすでに開発が進められていた薬で、決して新薬とは言えません。先進国では、わが国のみ発売がされず、2011年1月になってようやく承認されました。
メマンチンは、これまでご紹介してきましたアセチルコリン分解酵素阻害剤とは異なり、脳内のグルタミン酸濃度と深く関係します。栄養の分野で旨味の素として知られているグルタミン酸は、脳の中で神経伝達物質として記憶・学習の働きに関与します。その一方でこのグルタミン酸は神経を冒す毒にもなり、パーキンソン病やうつ病など病気にもこのグルタミン酸が係わっていると言われています。
脳の血液が上手く流れなくなると、神経細胞のニューロンという部分でグルタミン酸が高い濃度となり、神経細胞を死に至らしめるアポトーシスという現象を引き起こします。なぜこのように普段は脳の活性に関与するグルタミン酸がアポトーシスというキラーに変身するのでしょうか?この背景にはカルシウムイオンが関連していると言われています。グルタミン酸が神経細胞の中のシナップス間隙という場所で、その濃度が上昇すると、神経膜にあるいろいろな化学物質を橋渡すレセプター(受容体)の働きが活発となります。そうすると外に存在するカルシウムが大量に神経細胞内に入り込んで神経細胞を死に追いやるのです。
ちょっと難しいですね。もう少しメマンチンの事を説明しましょう。そこで、カルシウムイオンの細胞内への流入を抑えるために、この受容体をメマンチンが塞いでくれます。それにより記憶を形成する神経の伝達シグナルが働き出し、記憶が改善するというのがメマンチンの作用機序です。要するにこのメマンチンとは、神経細胞が壊れて行くのを防ぎ、また記憶や学習機能の低下を保護しようとする薬です。
2)メマンチンの効果
メマンチンも他のアセチルコリン分解酵素阻害薬とほぼ同じ効果があります。
1. 認知機能障害の有意な進行抑制効果があります。
製薬会社が公表している治験データから、その延長する期間を推測すると、ほぼ6ヶ月位と言って良いのかも知れません。
2. 「注意」「実行」「被空間能力」「言語」の能力に改善がみられます。
「注意」は、視力や聴覚範囲などを利用した集中力のテストで評価します。
「実行」は、湯飲み茶碗や箸の使い方で評価します。
「視空間能力」色合わせ、色の区別、方合わせおよびかたちの区別で評価します。
「言語」は、名前を書く、曜日、文章理解、会話理解、物品呼称、自由会話などで評価します。
3. BPSの進行を抑制します。
徘徊や無目的な行動、不適切行動の進行を抑えます
4. 日常生活動作(ADL)の低下を抑制します。
食器の片付けと会話に注意を払う事に改善が見られています。
3) 薬の特徴
メマンチンの効果は、先に挙げましたが、ドネペジルとあまり変わりない、といって良いでしょう。ただ、他のアセチルコリン分解酵素阻害剤と異なる特徴を有していますので、認知症の臨床では、患者さんの状態を十分把握したうえで、この薬を選択します。
1. このメマンチンの一番の特徴は、ドネペジルのようなアセチルコリン分解酵素阻害剤と併用すると、その効果がより促進されるところです。具体的には、認知症の進行の抑制も6ヶ月以上抑制されますし、記憶、実行、言語と言った認知機能もドネペジルの併用で明らかに改善が見られます。さらに興奮、攻撃性 易刺激性、食行動の変化においても改善が見られているようです。
さらに海外のデータですが、メマンチンとドネペジルの併用で介護依存度が有意に抑制されたとの報告もあります。これは、むしろメマンチンがBPSDの抑制に効果的な事から、ドネペジルとの併用投与でその効果が顕著になったと考えられます。
2. メマンチンは、副作用を抑えるために初回量を5mgとし、5mgごとに20mgまで漸増しますが、やはり20mgで副作用の発現は多いようです。最も多い副作用は「めまい」です。同時に気持ちの悪さや頭痛を訴える患者さんもいるようです。この「めまい」は、回転するような「めまい」ではなく、地に足がつかないような、ふあふあした感じのめまいで、高齢者にとっては転倒に繋がりますので注意が必要です。
3. 私の臨床経験では、ドネペジルを初回投与したときに、その薬物の持つ易刺激性から落ち着かなくなり、どうしても中止せざるを得なかった例がありました。そのような患者さんにメマンチンを投与しましたところ興奮や易刺激性が改善し、その後も落ちついています。
4)使用上の注意
・やはり、副作用の出現には最善の注意を払う必要があります。「めまい」も他に便秘や胃腸症状、転倒にも注意して下さい
・本剤とドネペジルや他の抗認知症薬との併用は、データ上は良いようですが、では最初から併用すべきか、というと一概にはそれが良いとは言い切れません。最も気になるのは副作用です。両剤ともに同じような副作用が出現しますので、一緒にのんでしまうとどちらの副作用か分かりませんし、効果も確認できませんので、はじめは単剤から始めるべきでしょう。
・経過の途中で、いつアセチルコリン分解酵素阻害剤を追加したら良いのか、またアセチルコリン分解酵素阻害剤ではじめた人にいつメマンチンを加えたら良いのか、その明かな目安はありません。あくまでも私の経験では、やはり最初の薬で効果があまり得られなかった時、また認知症の進行が明らかになった時ではないでしょうか。
・認知症が進行して、重度の認知症の状況でも服用を続けた方が良いかは、悩ましいところです。わたしは、いくら重度であってもいまだ何らかのかたちで患者さんとコミュニケーションが多少でもとれるのであれば、また患者さんの生活の中でまだできる事があるのであれば、むやみに投与を中止しません。やはり、やめてしまうと、これも私の感覚ですが、急に進行する様に思います。
向精神薬の功罪
1)BPSDと向精神薬
認知症の人の約80%に行動の異常と精神症状が見られると言われています。アルツハイマー型認知症のなかには、突然興奮し、大声を上げたり、暴言をはいたり、時には蹴ったり、叩いたり、咬んだりと激しい行動(破局反応)をする人が約40%います。また、家から出て行ってしまう人、夜中に台所で何やら食器をいじったり、冷蔵庫の中をあさったり、理解に苦しむ行動を見ることがあります。精神症状としては、アルツハイマー型認知症の場合は、初期にうつ症状が見られ、不眠やいらいら、どうにもならない不安などいろいろは症状を見ます。有名なもの盗られ妄想や誰かが側にいる、見える、と言った幻視、このような行動の異常と精神症状を含めて行動・心理症状(BPSD)と称しますが、これらの症状が認知症の人の介護を大変負担なものとしていることは言うまでもありません。
このような症状の全てが向精神薬で効果があると言うわけではありません。特に認知症の人の取り巻く環境によっては、その環境を改善するだけで症状が消失する事があります。その環境の調整にはケアが大変重要になるわけですが、ケアの話を後日にして、この回では向精神薬についてお話ししましょう。
2)向精神薬の種類
認知症やうつ病には、その症状に応じてさまざまな種類の薬を使っていきます。
1. 抗精神病薬
興奮、易刺激性の状態、不穏、易怒、暴言・暴力行為、落ち着かない状態の時に使う薬です。激しい行動の異常は、周囲の介護者も辟易しますが、本人も同様に辛いので、なんとか楽にさせてあげる必要があります。
最近は非定型抗精神病薬が使用されることが多いようです。その理由は、今までの抗精神病薬はその副作用に錐体外路症状と言って、パーキンソン病のような症状(パーキンソン症候群)が出現しやすかったのです。特に高齢者の場合は、それらの副作用がADLを衰退させてしまうので慎重に投与しなければなりません。
最近開発された非定型向精神薬という薬剤は、この副作用が少ないことから比較的多く使われていますが、これらの薬を使用することで死亡率が高まるとの米国のFDAという機関の警告があります。また、薬によっては、糖尿病を合併している患者さんの血糖値を上昇させてしまうので、糖尿病患者さんには禁忌の薬剤がありますので、注意が必要です。
2. 抗うつ薬、感情調節剤
認知症の初期の患者さんにうつ気分が見られることが多いようです。また、老年期うつ病は、その症状が認知症と似ていることから仮性認知症とも言われています。身体の病気の事を極端に心配し、食欲はなく、横になっている時間が多く、元気がない状況の人、また自殺をほのめかす様な事があればうつ病を疑います。このような患者さんには、最近はSSRIとかSNRIと言った新しい薬がよく使われます。それにより、やはりこれまでの抗うつ剤に見られた抗コリン作用による口渇、便秘、尿閉と言った副作用が極端に少なくなりました。
3. 抗不安
お金のことや家族のこと、自分の将来の事などで不安を訴える高齢者がいます。これらの中には、認知症の初期の人もいますが、認知症の人の場合には不安の内容が具体的にならない事が多いようです。漠然とした不安は捉えにくいのですが、そのような患者さんに抗不安薬と称するマイナートランキライザーを服用すると効果的な場合があります。しかしこれらの薬の多くは、筋肉の弛緩作用がありますので、ふらつきや転倒の危険が付きまといます。できるだけ、本人の不安を環境面で改善することに務めたほうが安全です。もし薬物を使う場合は、少量の薬剤を夕方から寝る前に服用するのも良いでしょう。
4. 睡眠導入剤
認知症の人の多くに夜間不眠を診ます。主に介護者がこの不眠に敏感なのかも知れませんが、やはり昼夜逆転のように、夜起きていて、日中寝ている生活では、介護者がたまりません。そんな時に睡眠導入剤が良い効果をもたらすことがあります。本人も眠れない事がきっかけで、イライラして不穏になる事もあります。
ただ、この薬も筋弛緩作用がありますので、その管理には慎重であるべきです。眠れないときのみに服用する頓服として利用するとよいと思います。患者さんの中には、毎日飲まないと眠れないと訴える人がいますが、それはむしろ精神的な依存ですので、その場合は日中の生活で運動して疲れる時間を持つことが良いと科学的にも証明されています。認知症の人の不眠の多くは、脳の中の睡眠中枢が上手く働かないことからの不眠のようです。その場合は、やはりお薬を使うべきですが、その際に、薬の効果時間がごく短いものを勧めています。
3)副作用
全ての向精神薬に見られる副作用が過鎮静です。どの薬にも必ずあると言ってよい副作用です。多くは眠気が表れます。それに身体のだるさやふらつきが伴います。薬によっては、筋肉の脱力感が強く、立っていられない場合もあります。また、尿を出そうと思ってもなかなか出ない事があったり、便秘になったりします。長年抗精神病薬を飲んでいると、手が震えたり、筋肉が硬くなったり、パーキンソン病の様な歩き方にもなります。特に睡眠導入剤には多いのですが、悪い夢、こわい夢を見ることがあるようです。その他胃腸障害、血液の病気、心臓の病気にもあることがあります。
どんな薬でも副作用はあります。その出現を防ぐためには、医師から副作用について十分な知識を得て、また出現の際の対応方法も尋ねて下さい。副作用の回避には、まず正確な薬の情報を知ることです。もし、副作用を疑った時は、遠慮なく医師に尋ねて下さい。また最近では在宅医療を支援する薬剤師も多くなりましたので、かかりつけの薬剤師にも相談して下さい。
ユッキー先生のアドバイス
3回にわたって薬の事を説明しました。少しはご理解いただけたでしょうか。ちょっと退屈な内容でしたかね。でも薬の事は、医師にとっても患者さんにとっても病気を治す重要な道具ですので避けて通るわけにはいきません。ここで一言
1. 抗認知症薬は、認知症を治す薬ではありません。また、4種類のどの薬も同じような効果だと思って下さい。特別に効果が優れているものもありません。ただ、人により効果の内容が多少異なりますので、その人に合った薬を医師と相談ながら捜して下さい。
2. できるだけ認知症初期の早い段階で抗認知症薬を飲みはじめることを勧めます。進行抑制の効果は、早期の治療で十分期待できるからです。
3. ここで、誤解していただきたくないのは、各薬剤とも臨床試験の結果から統計的に効果が得られたもので、この効果は、決して風邪の高熱が薬で平熱まで下がると言った劇的に改善を意味するものではありません。薬を飲んでいても、やがては進行しますし、ADLもできなくなります。そして行動の異常も進行とともにいろいろな症状が出現します。
4. また患者さんの中には、これら4種の抗認知症薬に全く反応せず進行していってしまう例もあります。
5. 最も大切なのは、認知症になっても安心、安寧が確保された生活です。それには、家族だけで世話し、何とかしようとするのではなく、医療を含め、地域のプロの介護者の支援を求めることです。地域のいろいろな社会資源を有効に活用して下さい。
(2013年10月2日)
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