第18回 レビー小体型認知症を理解しよう

認知症をきたす疾患でもっとも多いのがアルツハイマー型認知症ですが、脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症などは、比較的多い認知症として知られています。これから2回にわたってレビー小体型認知症についてお話ししましょう。この回では、レビー小体型認知症の病態と診断、治療について説明しましょう。

この記事の執筆
今井幸充先生
医療法人社団翠会 和光病院院長 / 日本認知症ケア学会 元理事長
今井幸充先生
この記事の目次
  1. 幻覚で発症したレビー小体型認知症
  2. レビー小体型認知症(DLB)とは
  3. (1)臨床症状
  4. (2)診断方法
  5. レビー小体型認知症の治療
  6. ユッキー先生のアドバイス

幻覚で発症したレビー小体型認知症

桜井修一さん(仮名)71歳は、半年前ごろからよく転ぶようになったのですが、妻の裕子さん(仮名)は、歳のせいと思い、さほど気にかけませんでした。そんなある日、娘の武井小百合さん(仮名)は、孫の芳くん(10歳)を連れて遊びに来た時に修一さんの様子が普段と違うことに気づいたのでした。どことなくうろたえた感じで、会話は少なく、芳くんの顔をみてもいつもの様に喜んだ表情をみせなかったのでした。小百合さんは裕子さんに「お父さん元気がないようだけど大丈夫?」と尋ねたのですが、裕子さんは「大丈夫よ、でも最近めっきり老けたみたいで、あまり外にも出ないし、好きなゴルフに誘われてもいかないのよ」とのことでした。

その2~3日後の夜、修一さんは裕子さんに「誰か来ている、見てこい」と突然言い出しました。「そんなことはないのに~」と裕子さんは思いながら玄関を見に行ったのですが誰もいませんでした。その時はそれでおさまったのですが、その1週間後に今度は「芳が来ている。夕食でも作ってやれ」と裕子さんに言ったので、裕子さんが「芳は来ていませんよ。夢でも見たのですか」と返答すると、「何を言ってるのだ、さっきここに座っていただろう」と厳しい表情で裕子さんをにらみつけました。この時裕子さんは、修一さんが尋常でないことに気づきました。その翌日の朝、修一さんは一人で散歩に出かけました。珍しいこともあるものだ、と裕子さんは思ったのですが、お昼近くになっても帰宅しないので心配していました。

その時、修一さんが近くの佐々木病院(仮名)に運ばれて治療を受けているのですぐに来てほしい、との電話が病院からありました。慌てて、病院に行きますと、頭に大きなガーゼが張られ、血の付いたシャツを着て、焦点の定まらないような目つきで待合室に座っている夫を見たのでした。医師の説明によると、「病院の近くで転んだようで頭から大量の出血があったので、通りがかりの人が病院に連れてきた。前頭部が切れていたので、5針縫った」とのことでした。修一さんは、自分で住所と電話番号を告げたので、裕子さんに連絡できたのでした。1週間たってガーゼが取れたころに、裕子さんは修一さんを連れて、近くのかかりつけの内科を受診しました。そこで内科の先生は、「ご主人はパーキンソン病かもしれないので専門医を紹介する」とのことでした。そして大学病院の神経内科を受診し、一般検査をはじめ頭部MRI検査、心臓シンチなど、様々な検査を受けた結果、やはり診断はパーキンソン病でした。

抗パーキンソン薬のお薬を飲むようになって1週間ぐらいたったある日、「天井に虫がぶら下がっている」「目の前に虫がいる」と騒ぐことが多くなりました。裕子さんが「虫などいませんよ」と否定すると、怒り出し、しまいには裕子さんの腕を強く掴み、大声を上げるようになりました。また、その頃より修一さんは、夜間1時ごろに起きだしては、何か必死につかもうとする動作が見られました。裕子さんが話しかけても全く返事をせずに何やら一生懸命につかもうとしていました。それが一晩中続くこともありました。このことを神経内科の先生に話すと、抗パーキンソン薬の副作用を疑って薬を変更してくれました。それでも、幻視症状と暴言・暴力、夜間の奇妙な行動は改善しませんでした。そこで医師は、夜間の不眠と幻視症状を改善する目的で、抗パーキンソン薬に加えて、抗精神病薬と睡眠導入剤を処方しました。それらの薬を服用するとますます身体が固くなり、手の指先の振るえ(振戦)も目立つようになり、幻覚や行動の異常も全く改善しませんでした。また、日常の生活では。トイレを汚したり、食事にときに箸をつかえなくなったり、妻が手を貸さないとできないことが多くなりました。

このような状況が何か月か続いたある日、修一さんは誰も座っていない椅子に向かって、「なんでお前がそこにいるんだ、出ていけ」と大声をあげ、興奮することがしばしば見られるようになったので、小百合さんに相談したところ、認知症の専門家を受診することにしました。そこでの診断がレビー小体型認知症でした。

レビー小体型認知症(DLB)とは

(1)臨床症状

ここではレビー小体型認知症をDLBと訳しましょう。このDLBの大きな特徴は、記憶障害を伴う認知機能障害として発症しますが、これらの症状が初期には目立たないことが多いようです。そして、もの忘れや軽い認知症症状が見られた後に、よく転ぶ、歩き方がおかしくなった、なんとなく動きがスムーズでない、手が震える、などの錐体外路という神経の通り道の障害がみられるようになります。この錐体外路症状をきたす代表的な病気がパーキンソン病で、DLBは初期からこのパーキンソン病の症状を見ることが特徴で、日常診療でDLBを診断するに重要な症状でもあります。また、初期には元気がない、今までのように積極的に行動しない、言葉数が少なくなった、などのうつ状態を思わせる症状も見られます。

それと同時に、滋賀県成人病センターの長濵康弘先生の報告によりますと(Cognition and Dementia 9(2),25-34,2010)、DLBの約80%の患者さんに人や動物・虫などの幻視を見ます。また、例えば、自分の息子を夫と、また娘を姉と誤認するような人物の誤認症状が約50%の患者さんにみられます。その他に、「(死んだはずの)お母さんが来ている」「どこかの子供が来ているから、お菓子をあげなくては・・」と実際にはいない人がいると思い込む「幻の同居人」という症状や、自分の介護者である夫に向かって「夫の顔をした他人」と思い込む「カプグラ症候群」などの「妄想性人物誤認症候群」が見られます。これは、幻視ではなく妄想症状であり、DLBによくみられます。TVに出演している人物が、実際に自分に知っている人と誤認し会話を交わす「TV徴候」や、鏡に映る自分の姿を他人と誤認し、挨拶したり話しかける鏡現象なども「妄想性人物誤認症候群」の一つで、DLBに多い妄想です。

その他に、嫉妬妄想、被害妄想、もの盗られ妄想などの妄想や過度に身体の病気のことを気にする心気症状や不安感をあらわにすることもあります。また、時に理由がわからない意識消失が見られるのもこの病気の特徴です。

(2)診断方法

発症が記憶障害を伴う認知機能の低下で、やや遅れて早い時期にパーキンソン症候が見られるとDLBを診断する重要な決め手となります。その他に、幻視や妄想症状が見られ、またときに失神をする患者さんも多いようです。これらの臨床症状に加えて、様々な検査所見が有力な診断の手掛かりになります。

CTやMRIの画像検査では、アルツハイマー型認知症の場合と比較して、側頭葉内側部の委縮が著明でないことが言われていますが、この部位は海馬という部位が含まれますので、この海馬の委縮がアルツハイマー型認知症ほど明らかでないこがDLB診断の有力な手がかりになります。また、比較的DLBに特異的な検査所見として、脳の血流検査(SPECT)で後頭葉の血流が低下しています。特殊な検査として、MIBG心筋シンチグラフィーという核医学検査でDLBの診断に有力な情報を与えてくれます。この検査ではパーキンソン病でも同じような結果が得られますが、MIBGという物質の集積が心臓で低下します。このような所見は、アルツハイマー型認知症では見られませんので、両者の鑑別診断に役立ちます。

レビー小体型認知症の治療

DLBもアルツハイマー型認知症と同様に、この病気を治す薬はありませんし、治療薬として認可されている薬もありません。それゆえ、臨床の現場では、DLBの周辺症状の対応が中心になりますが、経験的にドネペジル塩酸塩が周辺症状の改善に加えて認知機能の改善にも効果的と言われています。実際にDLBを対象としたアリセプトの臨床治験が実施され、大方終了しましたので、その結果によっては、近い将来にアリセプトが認可される可能性があります。しかし、ドネペジル塩酸塩の服用で幻覚や妄想などの精神症状が悪化した例や、パーキンソン症状も悪化した例も報告されているのでこの薬剤の服用には慎重にすべきでしょう。

また、種々の精神症状には、パーキンソン症状を起こしにくい非定型抗精神病薬が用いられ一定の効果が得られています。これらの薬剤にドネペジル塩酸塩の併用で効果が得られるとの報告もありますが、いずれにしてもこれらの薬剤の使用によりパーキンソン症状の悪化や鎮静効果が強くフラフラになり、一日中寝ているといった過鎮静の状況を引き起こしますので注意が必要です。

DLBのもう一つの症状に錐体外路症状と言われるパーキンソン症状があります。これらの症状には抗パーキンソン薬を用いますが、パーキンソン病とは異なりその効果はあまり期待できません。むしろ精神症状の悪化や軽い意識の障害をきたしてしまいますので、その服用は慎重にすべきです。

ユッキー先生のアドバイス

DLBとよく似た疾患にパーキンソン病に認知症を伴った「認知症を伴うパーキンソン病(PDD)」があります。この病気は、パーキンソン病の発症が先で12か月以後に認知症が発症したものをPDDと診断しています。ですから、認知症とパーキンソン症状が見られる症例で重症化したものは、DLBかPDDかを鑑別するのは困難です。ただし精神症状出現には、多少の違いが見られます。発症時から幻覚・妄想など精神症状がみられる場合はDLBで間違いないでしょう。PDDはそれらの精神症状が初期にはほとんど見られません。  桜井さんの場合に気になるのは、まだ認知症が発症する前に、「転びやすい」との症状が見られたことです。この症状が、パーキンソン病の症状の一つである歩行障害であったかを明らかにする方法はありませんが、もしそうであれば桜井さんの診断はPDDを考えるべきでしょう。

桜井さんの場合は、認知症の発症を思わせるような閉じこもりや周囲への関心のなさが見られ、今までの桜井さんではなくなってしまったこと、幻の同居人や幻視症状が見られたこと、抗パーキンソン剤で精神症状や認知症が悪化したこと、などを考慮するとやはり診断はDLBでしょう。また、桜井さんは、当初パーキンソン病を疑い抗パ剤を投与されていますが、その症状が改善するばかりか、むしろ悪化してしまいました。

DLBの診断は、容易ではありません。その特徴として、認知症の発症後に早うちにパーキンソン症状の出現、初期から幻覚・妄想などの精神症状の出現、そして抗精神病薬で副作用が出やすいこと、があげられます。

DLBのケアについては次回号で述べましょう

(2014年1月2日)

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