第42回 施設にいる認知症の人の思いは
- どんな理由にしても、施設に入所・入院している高齢者は、認知症の人に限らず、全ての人が複雑な思いで長い1日の時間を過ごしています。
私も以前骨折して、入院しましたが、たかが1週間の入院であっても、痛みがなくなると、1日の長い時間に耐えられませんでした。
このコラムでは、施設で生活している認知症の人の思いを考えてみます。
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母の場合
88歳の母は、現在実家近くのグループホームに入所しています。きっかけは、自宅で転倒し、大腿骨頸部を骨折したことでした。骨折前から認知症を患い、93歳の父が毎日世話をしていたのですが、骨折を契機に父が自宅では世話ができなくなり、グル―プホームに入所することになりました。
病院を退院する前に、母にはグループホーム入所について何度も説明しました。その度「お父ちゃんが可哀想やで、わかったわ。そこにおればいいのやなぁ」と関西弁で素直に自宅に帰れないことを承知しました。
しかし、実際にグループホームに移った初日に、母を置いて自宅に戻る際、父親が「しばらくここにおってなぁ、帰るわ」と言って帰ろうとすると、母も「さぁ、帰ろか」と車いすから立ち上がろうとしました。父は母に「ここにいると言ったやないか」とやや強い口調で母を説得しようとしました。
そこで私は以前と同じように、骨折をして車いすだから、自宅では父が世話できないことを説明しました。すると、悲しそうな顔をして「そうかぁ、しかたないなぁ。じゃここにおるわぁ」といって、我々を見送ってくれました。その時、母の顔を見ようとしない父が印象的でした。
今は、父も母の近くのサービス付き高齢者住宅に移り、ときどき会いにいているようですが、父の気持ちとして、一人で母の面会に行くことは気が進まない様子です。
先日も、夕方父を連れて母のホームへ行ったときに、母は「ごはん、何を食べたいの?これから買い物へ行くから早く帰ろう」「お父ちゃんが一人で可哀想やで、一緒に帰るわ」と帰る支度を始めました。そんな母を見ることが父には苦手なようです。
昼食が済んだ頃に母に会いにいったときは「あんたら、ごはん食べた?ここで食べていきなぁ。今用意するから」「わたしは食べたから、二人においしいもの作ったろか」でした。
母はいつも私のことを母の弟(私にとっての叔父)だと勘違いしているようで、私の名ではなく叔父の名を呼びます。でも、先日ダメージジーンズをはいて面会に行ったときは「お父ちゃん、この子にお金やってちょうだい。こんな破れたズボンはいて、みっともない」と私を責めるより、むしろ父に怒っていました。
普段の母の様子はわかりませんが、会いに行くたびに母は、家に帰れると思って、一生懸命に妻や母であることをアピールします。自分が夫や息子の傍にいなければいけない、と思っているようですが、一方で、まともに歩けないので、家族の世話はできないこともわかっているように思います。
いつも帰るときは「まだここにおらなあかんの?(居なければいけないの)しかたないな、気をつけてお帰り」と声をかけてくれます。別れの時の母の気もちが痛いようにわかり、まさに後ろ髪をひかれる思いでグループホームを後にします。
妻への思い
奥さんの吉井恵美子さん(仮名)は、最近胸のしこりに気づき、検査をしたところ右の乳がんと診断されました。そこで、恵美子さんを悩ませたのが、夫の守男さん(仮名)のことでした。
3年前から守男さんはアルツハイマー病に冒され、恵美子さんが彼の世話をしていました。これまでにディサービスやショートステイのサービス利用を試みたのですが、自宅以外で恵美子さんの姿が見えないと探しまわるので、それらのサービス利用はできませんでした。
このたびのことで止む無くショートステイを決意し、試しに1泊の利用を試みました。予想通り、恵美子さんが帰宅した直後から落ち着きがなくなり、何度も施設を抜け出そうとし、またスタッフへの暴力行為もみられたので、やむを得ず夜間に守男さんを迎えに行くことになりました。
手術の日も迫ってきたので、私の病院の受診を決意しました。守男さんには、奥様が乳がんで手術が必要なこと、その間、一人では自宅で生活ができないことを時間かけて説明し、2週間の入院を勧めました。
守男さんは素直に入院に応じ、病室に入りました。妻が帰宅しようとしたときには、一緒に帰ろうとしたのですが、スタッフが「奥さんの病気を治してあげましょう。安心して手術を受けられるようにしましょう」と何度も説明しているうちに、守男さんは奥さんの帰宅を見送ったのでした。
夕食時も夜間も帰宅要求は続きました。そのたびに恵美子さんの手術入院のことを説明し、入院を継続することを説得しました。このようなやり取りが3日間続きましたが、そのうち病院の自室でTVを見たりしながら時間を過ごすようになり、落ち着きがみられるようになりました。
その間も恵美子さんの話題をあえて持つようにして、「手術は成功したようですよ。守男さんももう少しここで頑張りましょう」「長女さんからもうすぐ奥様が退院できるとの連絡がありましたよ」など語り掛けることで、帰宅要求もなくなりました。
恵美子さんが無事退院して病院に面会に来たときは、守男さんは奥さんの身体を気遣っているように見えました。また恵美子さんの体調が回復すまでの約1カ月の入院延長を受け入れたのでした。
認知症の人の思い
入所している認知症の人は、どのような思いで毎日を過ごしているのでしょうか。しかし、認知症の人の思いを知ることは、なかなか難しいことです。
以前にもこのコラムで述べましたが、私たちは、お腹が痛いときや高熱の時の辛さは知っていますが、認知症になり、家族から離れて入所・入院した経験がありませんので、ご本人の思いは、推測に過ぎません。
日々の臨床では、ご家族から入院や入所のご相談を受けることがあります。その時は、ご家族の考えや入所を決断された事情をお聞きすることができるのですが、ご本人に入所のことを尋ねると、ほとんどの方は「自宅の方が良い」と拒否します。
ご本人は、入所の目的や必要性を納得している訳でなく、自宅以外の場所で生活することに、大なり小なり抵抗があり、不安を抱くのです。
グループホームに入所している私の母の思いを察すると、母はいつか父や私どもと一緒に暮らせると思っています。その思いは特に面会時に感じますが、おそらく、毎日の生活の中でいずれ家に帰れると思っているに違いありません。
その反面、父や私が面会時に自宅には帰れない理由を説明すると、今のグループホームにいなければいけないと思うようです。勝手な解釈ですが、そこには母の我々に迷惑をかけたくない、との思いがあります。その思いに触れたときは、父も私も言葉を失ってしまいます。
私は、介護施設の認知症の人と接する機会があまりありませんので、その人達から直接今の心境を聞くことができません。入院している患者さんからその思いを予測すると、私の母の場合とたいして変わらないように思います。
ご家族の都合で、病院から直接介護施設入所を余儀なくされることがありますが、そのときのご家族の心境は複雑です。その背景には、入院している患者さんか自宅に帰れると思っていることを察しているからでしょう。
それゆえ、家族の中には、入所を本人に隠し、退院当日にそのまま施設入所させることを希望する方がいます。その決断は、家族にとって断腸の思いかもしれませんが、あまりにもご家族本位で、認知症の人の思いを考えない行為ではないでしょうか。
そのようにして入所した認知症の人は、見も知らない場所で、見たこともない人が沢山いて、どうしてよいのかわからない不安に駆られるのです。
認知症の人の思いは同じです。家族がいる方も一人暮らしの人でも、自宅で暮らしたいと願っていることに変わりません。特に認知機能の障害がみられると、自身の置かれた状況を的確に判断することができないために、過去の自分が暮らしてきた生活を頭に描きます。
すなわち、自分は何もかもできると信じているのでしょう。そのような思いは、家族にとってかなかなか理解しにくいものです。
おそらく多くの家族は「本人は、家族が世話できないこと、自宅での生活は無理なことをわかっているはず、だから施設入所もわかってくれる」と思いがちです。そのご家族の勝手な解釈が認知症の人の「見捨てられ不安」に繋がり、悲劇につながるのです。
家族がすること
認知症の人にとって、入所は青天の霹靂です。恐らく誰しもが、入所当初は混乱で頭がパニックなのでしょう。その時のご本人たちの不安は計り知れません。
まず、ご家族にお願いしたいことは、ご本人の不安を少しでも理解してください。そこで、前回のコラムでも申し上げましたが、ご家族が入所を決意するのは、やはり、ご家族の都合が優先された結果ですので、入所に際しては、ご本人への細心の配慮をお願いします。
それは、ご本人の入所への不安を払拭する努力です。最も多い不安が「見捨てられ不安」です。よく聞く話として、入所直後の面会はご本人が里心を持つので禁止している施設がありますが、わたしは反対です。
毎日とは言いませんが、できるだけ面会に行ってあげてください。ご本人は、毎日首を長くしてご家族が迎えに来ることを待っています。ご家族の顔を見るなり「早く帰ろう」とせがむでしょう。
また帰れないと思うとそこで興奮するかもしれません。そのようなときに、ご家族はその場から逃げようとせず、自宅では一緒に生活できない理由をわかりやすく伝えてください。そして、施設での生活に我慢してもらうことを懇願してください。
私どもの病院でも、ご家族が帰られた後のご本人の様子を見ると、黙って帰られた後は、夕方、夜間と落ち着きません。施設と病院とは環境が違うのかもしれませんが、家族のご本人への配慮は同じだと思います。
入所は、家族介護の一つの手段であり、長い介護期間の中の一つの過程でもあります。すなわち、入所が家族介護の終着点ではない、ということです。たとえ、ご本人の自宅で生活をサポートしなくて良くなっても、ご本人にとって、最も信頼できる家族であることには変わりありません。是非ともご本人には、その点をわかってもらえるような対応をしてください。
できる限り、多くの時間をかけて面会をしてください。場合によっては、一緒に食事をしたり、たまには外泊して自宅に泊まったり、また年に1度は、可能であれば旅行に行ったりしてみてください。そんな状況であれば、ご本人の「見捨てられ不安」は解消し「まぁ、ここにいるのも仕方ないかぁ」と納得するように思います。
(画像はイメージです)
ユッキー先生のアドバイス
時折、入院している認知症の人の表情を見ると、この人は何を考え、何がしたいのだろうか、と思うことがあります。そんな時に認知症の人は何も考えていない、ただボーとしているだけ、と思ってしまいます。だから「面会にいって意味がない、喜んでくれない」とご家族が解釈し、面会の足も遠のいてしまうのでしょう。
私の病棟でも高度の認知症患者さんがいますが、彼らの多くは、自ら会話を持つことがなく、話しかけても頷くだけで自分の意思を伝えることはしません。そんな彼らの傍に座って話しかける内容はご家族のことであり、故郷のことです。私にとってそれらの話題は、話しやすいし、何よりも認知症の人から穏やかな表情が得られるからです。
入院・入所している認知症の人にとって、親しい人の面会は、何よりもうれしいのです。ある患者は、全くの寝たきり状態でしたが、あるときお孫さんが面会に来て、お孫さんの計らいで、讃美歌を歌いました。もともと熱心な信者さんでしたので、その時は一緒に口を合わせたようです。お孫さんは声も出た、と言っておりました。
このようなことはよく見られる光景です。施設に入所している患者さんは、みなとても寂しいのです。施設では、安心、安全を提供することができますが、ご家族と同じ人間関係は築けません。施設に入所しているあなたの大切な方の思いを考えたときに、是非ともときどき会いに行ってさしあげてください。
(2016年6月30日)
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