第20回 レビー小体型認知症のケア(2)
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レビー小体型認知症(DLB)は、認知症を来す疾患の中でも比較的頻度の高い病気です。第18回と19回の2回にわたり、DLBの病態やケアについて説明しました。今回もDLBに特有な症状に対する対応とDLBの薬物療法について説明しましょう。
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うつ気分
1.症状の特徴
DLBの初期症状として比較的多いのがうつ気分で、6~7割に出現すると言われています。第18回のコラムで紹介した桜井修一さん(仮名)も、孫の芳くん(10歳)が遊びに来た時にどことなくうろたえた感じで、会話は少なく、芳くんと会ってもいつもの様に喜んだ表情をみせませんでした。娘さんがお父さんの元気がない様子に気づいたのですが、妻の裕子さんも、以前より老けた様子、あまり外出しない、好きなゴルフに誘われてもいかない、といった修一さんの異変に気付いていたようです。しかし、このような元気がない、表情がさえない、何もかも面倒がる、などの症状は、多くの場合、心の病気というよりもむしろ「歳のせい」と思ってしまう家族の方が多いようです。
私の臨床経験から、老年期うつ病や血管性うつ病(脳の循環障害が原因で出現するうつ病)などの一般の高齢者に見られるうつ病と比較しますと、身体症状の訴えは少ないように思います。すなわち、「身体がだるい」「足、腰が痛い」「疲れやすい」「頭が重い」などのあいまいな身体症状の訴えはDLBの患者さんに少なく、むしろ「いつもより元気がない」「何もしようとしない」などの活動性の低下が目立つようです。
2.うつ気分の対応
すべてのうつ病の患者さんに当てはまるのですが、叱咤激励は逆効果の場合が多いようです。「がんばれ、がんばれ」と言われてもそれができなくなっているのがうつ病です。ではどのように対応したらよいのでしょうか
1)まずは、専門医を受診するように説得してください
やはり、本人も自分の異変に気づいているはずです。「何かおかしい」「どうにかこの苦しみから逃れたい」と思っているに違いありません。そんな時に「どうしたの、しっかりしなさい」「なぜ元気が出ないの」と責めてもその質問に答えられるわけがありません。また、この時点でDLBとわかる家族はいませんので、家族の方は、本人に「最近元気なないですよ、とても心配。お医者さんに診てもらいましょう」と説得してください。多くの場合は「病気ではない」と否定し、時には怒り出す人もいます。そんなときには慌てずに「もし病気でなければ私も安心です。ですからお医者さんに判断してもらいましょう」と、本人の気持ちを大切にしながら説得してみてください。
2)できるだけ本人の意志を尊重してください
本人が望まないことを無理に強要しないようにしましょう。多くの場合、本人は何かしようと思っても、できないのがうつ病です。それを無理にさせようとすると本人の不信につながり、関係を悪くするだけです。本人の意志を尊重して、時にはそっとしておくことも必要です。
3)身体の状態には気を使ってください
時に食事や水分をとらなかったり、眠れなかったり、また持病の治療薬を服用せずに悪化したり、様々な身体症状が見られることがあります。とかくうつ病の患者さんは身体的にも様々な侵襲を受けますので、周囲の注意は必要です。
4)常に本人を見守ってください
本人の意志を尊重することは重要ですが、健康状態や本人の行動を見守る必要があります。服薬の管理、食事の介助、入浴や排せつのチックなどが本人の健康維持のために必要です。また、DLBの初期にパーキンソン症状による転倒や夜間の睡眠障害により異常な行動が見られることがあるので、注意が必要です。
5)本人ができないことは助けてあげてください
うつ病が伴うと、日常のいろいろな行動にも制限が見られます。たとえば、買い物、通院、金銭の管理、人との交流、社会活動などは、本人の自立を促すのではなく、手伝ってあげてください。
自律神経症状
DLBの特徴的な症状に自律神経症状があります。例えば起立性低血圧、のぼせ感、動悸、失神、多汗、寝汗、頻尿などの症状がみられますが、これらの症状は、血圧や脈拍、心臓の動き、呼吸、消化器、泌尿器など様々な臓器をバランスよく働かせる自律神経の異常によるものです。この神経には、交感神経と副交感神経がありますが、前者は臓器の働きを活発にさせ、後者はその活動を抑えるように働きます。例えば、テストの前に緊張して心臓がドキドキし、手に汗をかき、喉が乾くことを経験しますが、この状態は交換神経が優位に働いているときです。そしてテストが終わると、気分がリラックスしますがこの時には副交感神経が働きます。
DLBは、この2つの神経がバランス良く働かないために、身体の変調をきたしますが、比較的多い症状に起立性低血圧があります。この症状は、急に立ち上がった時に、正常な血圧が維持できなかったり、心臓からの血液の流れがうまくいかなかったりすることで、立ちくらみが生じます。
他に多い症状として、便秘や頻尿がありますが、便秘がひどくなると腸閉塞にも注意が必要です。また頻尿は、活動性膀胱と言われる突然の我慢できない尿意を感じ失禁してしまう切迫性尿失禁を来します。また体温調整に異常をきたし、大量の発汗や手足の冷えを訴えます。また雲の上を歩いているような浮動性のめまいも比較的多く見られます。
これらの症状への対応は、対症療法が求められます。起立性低血圧は、急な立ち上がりで最高血圧(高いほうの血圧)が20mmHg以上低下し、転倒や失神を起こすので、起立時はゆっくり時間をかけて立ち上がることを心がけます。便秘には、腹部の時計回りのマッサージや適度な運動がよいでしょう。過敏性膀胱は、膀胱にたまる尿の量とは関係なく突然の膀胱収縮による尿意を感じるために、定期的な排尿の誘導や、場合によってはリハビリパンツの使用も必要でしょう。また突然の発汗には、首や腋の下を冷たいタオルで冷やすと効果的なことがあります。また手足の冷えには、足浴や手浴、入浴が効果的です。
このように、DLBの自律神経症状に対する対応はありませんので、それぞれの症状に適した対応を行う必要があります。
睡眠時の異常な行動:レム睡眠行動障害
DLBの比較的初期に、睡眠中に大声で叫ぶ、分けのわからない行動をとる、などの異常な行動が見られます。睡眠中は、私たちの脳も身体も休んでいますが、身体が休んでいても脳が起きている睡眠を「レム睡眠」と言います。私たちの睡眠は、この脳も身体も休んでいる「ノンレム睡眠」と脳が働いている「レム睡眠」が約90分の周期に交互に出現し、やがて覚醒します。この睡眠リズムをコントロールしている脳の部位に異常が生じると、睡眠中の異常行動に繋がり、これを「レム睡眠行動異常」と言います。すなわち眠りの浅い時期に夢を見るのですが、この夢が奇声を発したり、身体をバタバタさせたりさせ、異常な行動をもたらすのです。
介護者の多くは、睡眠中のこの異常な行動に驚いて、たたき起こそうとしますが、これは一種の夢を見ている状態ですので、慌てる必要はありません。多くは数分でその行動は収まりますが、10分以上続くようでしたら、周囲を明るくして起こしてあげるのもよいでしょう。
このレム睡眠行動異常はアルツハイマー型認知症にもよく見られる症状です。昼寝やうたた寝をしている時の寝起きに見られることが多いようです。そのような時も慌てずに、完全に目覚めていない脳を起こしてあげる必要があります。部屋を明るくするために、照明をつけたり、窓から太陽の光を入れたり、また寝起きにお水やお茶を差し上げるのも効果的です。
DLBの薬物療法と副作用
3回にわたってDLBの病態や特徴的な症状、そしてケア・対応の話をしました。DLBは、他の認知症を来す疾患と同様に認知機能の低下に伴い、生活の障害が見られます。それに、パーキンソン症状、幻視や妄想などの精神症状、そして今回のコラムで説明しましたうつ症状、自律神経症状、睡眠障害など多彩な症状が見られます。それらの症状の対応として、やはり薬物の使用は重要と考えますが、それぞれの症状に対応する薬剤は、どれもDLBにとっては副作用が問題になります。ここでは、DLBの薬物療法で知っておけば役立つことをお教えしましょう。
1.抗認知症薬
専門医の間では、ドネペジル塩酸塩(商品名:アリセプト等)が比較的効果があることは知られています。そこで、アリセプトを対象にDLBへの臨床試験を実施しました。その結果を公表していないので、明らかではありませんが、良い結果が得られなかったようです。私の臨床経験では、ドネペジル塩酸塩は、DLBに対して認知機能を改善するよりもむしろ幻覚・妄想などの精神症状の出現を抑制しているように思います。この精神症状に対する本剤の効果は、発売当時から指摘されているもので、叫ぶ、叩く、噛むなどの激しい行動障害の出現を抑えると米国の研究者が発表しています。
ただし、ドネペジル塩酸塩は、服薬当初に行動の賦活が見られることがあります。これは呑み始めたときに、落ち着きがなくなったり、攻撃的になったり、介護者を悩ませる行動が出現することがあります。多くの場合は、1~2週間で落ち着いてきますが、副作用として中止してしまうケースも多いようです。このような精神状態の悪化の副作用は、DLBに特徴的なものでなく、アルツハイマー型認知症の治療薬として発売された当初から確認されていました。 このような副作用が見られた場合は、原則的には薬を中止することですが、私の臨床では、しばらくするとこれらの行動の異常は落ち着いてくることが多いので、さほど強い症状でなければ、2~3日様子を見るのもよいかもしれません。
2.抗パーキンソン剤
抗パーキンソン剤の成分は、ドーパミンという神経伝達物質です。この物質が脳の中で少なくなるのがパーキンソン病で、DLBでもドーパミンの働きが弱くなりパーキンソン症状と称される筋肉のこわばりや小股の歩行が見られます。このような症状に対して抗パーキンソン剤が使われ、一定の効果を得る場合があります。しかし、ドーパミンは、幻覚や妄想を引き起こす原因でもあるために、この抗パーキンソン剤の副作用として幻覚・妄想、あるいはイライラ感や興奮、不眠などの精神症状を引き起こすこと知られています。ですから、この薬剤の使用には、選択する薬やその量に慎重な対応が必要となります。
3.抗精神病薬
DLBの幻覚、妄想そして様々な精神症状に対しては、適切なケアも十分その軽減に繋がるのですが、多くの場合、精神症状が激しいと、ケアでの対応も難しく抗精神病薬を使用します。しかし、この薬剤はドーパミンの働きを抑える作用がありますので、その副作用としてパーキンソン症状が出現する頻度が多い欠点があります。すなわち、DLBの特徴的な症状であるパーキンソン症状(錐体外路症状)を悪化させてしまう危険があります。それゆえ、その使用には、やはり十分慎重にすべきです。
4.抗うつ剤
うつ状態への対応には、抗うつ剤が最も有効ですが、DLBの場合は選択した薬によって過敏に反応し、一日中目が覚めない、足腰がふらふらになる、などの過鎮静の状態が見られますので注意が必要です。一般には抗うつ剤によるパーキンソン症状の悪化はないといわれていますが、私の経験では最近のSSRIやSNRIと言われている抗うつ剤でもその悪化が見られた例を経験しました。
このような説明をしますと、抗うつ剤のすべてが悪者になってしまい、家族がお薬に神経質になってしまうのですが、抗うつ剤の種類や量を慎重に選択することで、良い効果が得られこともあります。それゆえ服薬の際には、専門医から副作用の説明をよく聞いて、対応してください。
5.その他の向精神薬
安定剤と称される抗不安剤やス眠導入剤も抗うつ剤と同じように過鎮静が見られます。これらの副作用で最も困るのは、転倒のリスクです。日中や夜間に限らず、向精神病薬を服用する際には、副作用の出現を最小限に抑えるための慎重な薬物の選択が求められます。
ユッキー先生のアドバイス
DLBの症状としての筋肉の固縮、あるいは幻視や妄想、興奮、不眠、抑うつ症状といった精神症状は、毎日のケアに大きな負担を強いられることになります。それゆえ、これらの症状の改善を期待して向精神薬を使用しますが、すべての人に、すべての薬が重篤な副作用を来すわけではありません。そこで、DLBの患者さんの薬物服用に関する注意事項をのべます。
(1)まず大切なことは、担当医師から、薬の効果と副作用について詳しい説明を必ず受けて、納得した上で使用してください。むろんご本人の理解が難しい場合は、家族が薬の管理に関する代諾者になる必要があります。
(2)特に副作用出現時の対応について医師から説明を受けてください。
(3)原則として、薬の管理を本人に任せることはやめましょう。ご本人には物忘れの病気があるわけですから、規則正しく薬を飲むことを忘れる、また飲んだことを忘れて何度も飲んでしまうこともあります。必ず、家族が服薬の管理をしましょう。
(4)向精神薬は、基本的にはDLBを治す薬ではません。それゆえ、幻覚や妄想などの精神症状や興奮や攻撃などの行動の異常がこれらの薬で改善した場合は、できるだけ早い時期に中止することが重要です。その際は、医師に相談してください。状況によっては、再発の可能性がありますので、薬を中断するタイミングは重要です。
(5)最近、インターネット上で様々なサプリメントの情報が氾濫しています。ここで、是非読者に認識していただきたいことは、サプリメントは治療薬ではありません。その効果についての科学的な根拠はありません。それらの薬は大変高額ですので、つい特効薬の様に思われますが、誇大広告には十分注意してください。
(2014年3月2日)
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