【広川先生のMCIコラム(第3回)】早く気づけば認知症にならない!?~実際にあった早期発見の事例②~
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はじめに
これまで認知症は前段階であるMCI(軽度認知障害)期に気づくことが大切であるというお話や、早期発見されたことにより効果的な対策を講じることができ、物忘れが軽減できたという事例を紹介しました。
高齢化が進む現代、認知症患者が急増しています。認知症疾患を取り扱う医療機関は特に中等度~重度認知症の患者さんの対応に追われ、多忙を極めています。医療機関はどうしても重症度の高い認知症患者の診療を優先せざるを得ません。その結果としてMCI期の患者さんとじっくり向き合い、予防対策や治療をする時間的余裕がないのが実状です。
だからと言って、認知症になることを未然に防ごうと早期発見・早期対策を希望して検査を受けたにも関わらず、MCIと診断された方がそのまま放置(?)されて良いということではありません。今回は、MCIと診断された患者さんに対して適切にアプローチすることが如何に重要であるかを痛感した事例を紹介してみたいと思います。
事例(2)「MCIと診断された後、急激に様子がおかしくなった」と妻に連れられて来院した80歳男性
1.初診時 ~奥様に連れられて来院した男性~
ある日、Bさん(80歳の男性)の奥様からクリニックに電話がありました。受付職員が聞いた奥様の訴えは次のようなものでした。
・半年前、夫の物忘れが気になり大きな病院を受診した。現時点では保険では検査できないと言われ自費で約20万円もする頭の検査を受けた。
・検査結果は、「脳萎縮や脳血流の低下はある、年相応とも言えるし、認知症の前段階とも言える。ただ、認知症だとしてもゆっくりと進んでいくのでまた1年後に来てください」であった。
・「進まないようにしたい」と言ったが「ここではこの段階では治療はできません、薬が必要と言うなら処方しますが飲みますか?」と医師に問われた。自分では判断できないのでいらないと答えた。
・それから半年たった。ゆっくり進むと言われていたのに急激に物忘れが悪化しているように感じる。とても心配なので診てほしい。
という内容でした。
数日後、半年前に受けた画像検査等の検査結果を持参し、奥様に連れられてBさんが来院しました。Bさんに調子はどうですか?と質問すると「自分ではどこもおかしいところはないが、妻がおかしいと言う」と答えてくれました。
診察中、Bさんは終始無表情で笑顔はなく、うつむき加減。話す声はボソボソと小さいものでした。次に奥様にBさんの普段の様子を尋ねると、「置き忘れや物忘れが多く、お使いを頼んでも、頼まれた内容を忘れて何もしないで帰ってきてしまう」と言います。また、Bさん本人には、物忘れなどの自覚はないようだとも言われていました。
そこで、MMSEを実施したところ、画像検査を受けた半年前は24点/30点満点中だったものが、この時は14点にまで低下していました。半年で10点も点数が下がっていることになります。持参頂いた画像を見たところ、確かに海馬及び前頭葉、頭頂葉に萎縮が認められ、血流も低下していました。
半年前の画像検査結果やMMSEが24点であったことなども含め、総合的に判断して、少なくとも検査を受けた半年前のBさんの状態は私もMCIであると診断しました。それでは、BさんはMCIと診断された後、何の対策も取らなかったことが原因で、半年の間に急速に認知機能が低下し、MCIから認知症に進行してしまったのでしょうか。
認知症は疾患の性質上、MMSEの点数や認知機能が急速に低下することはそれほど多いものではありません。Bさんが急速に物忘れや判断力の低下を示した要因は、およそ次の3つが考えられます。
①抑うつ
②血管性の変化(脳梗塞、脳出血など)
③アルツハイマー型認知症の急速な進行
私はBさんの認知機能が急速に低下した要因は、Bさんの話す内容や思い、しぐさや様子を鑑みて、①抑うつによるものであると判断しました。つまり、Bさんは認知症ではないかと妻に心配されて脳の検査を受けた結果、実際に脳の萎縮や脳血流の低下がありMCIであると診断されたこと、将来、認知症にゆっくりと進行していくのだと言われたことが原因で抑うつ状態になってしまったと考えました。
「抑うつ」は意欲低下や物忘れ、認知機能の低下を引き起こす要因になります。高齢者の物忘れは抑うつによるものか、認知症によるものかを最初の段階できちんと鑑別診断することは重要なことです。Bさんは認知症の前段階であるMCIであることは検査上診断されましたが、それに抑うつ状態が重なることによって急速に物忘れや認知機能の低下が認められるようになりました。つまり認知症が急速に進行した結果として、物忘れや認知機能が急激に低下したわけではないのです。
2.早期の対策
BさんにはMCI対策として少量の抗認知症薬を服用してもらうと同時に、抑うつに対するアプローチを行いました。抑うつに対するアプローチは通常、抗うつ剤を用います。今回は、本人の不安、“これから認知症になっていく”という不安を取り除くことが大切であると考えので、メンタル面におけるカウンセリングを実施しました。
カウンセリングの第一の目標は、Bさんの現状と今後どのような経過をたどるのかをきちんと説明し、理解してもらうと同時に、さらに“認知症になる”という不安を取り除くことです。私はBさんと奥様に、Bさんは現在MCIの段階であり、今後何も対策を講じなければ数年後には認知症になる可能性があること、但し、今から予防策を講じれば認知症の発症を遅らせるもしくは、発症せずに笑顔で終わりを迎えられるので心配いらない、大丈夫だということを、じっくり時間をかけて説明しました。
私の話を聞き終わったBさんは相変わらず無表情でしたが初めて顔を少しあげて「あぁそうですか」とだけ答えてくれました。奥様は「良かった。私が薬を飲ませる判断をしなかったために認知症になってしまったのではないかと不安だった」と話されていました。
3.その後 ~Bさんの現在~
Bさんの診療は現在4ヶ月目に入っています。その間、MCIに対する抗認知症薬の服用と抑うつに対するカウンセリングを継続して行っています。Bさんの治療を開始して3ヶ月目、診察室に入ってきたBさんはそれまでとは明らかに違っていました。
まず、笑顔で挨拶をしながら診察室に入って来られたのです。調子はどうですか?と尋ねると、「特に変わりはないです。引っ越したばかりでやることがたくさんあるので忙しい」とハキハキと答えてくれました。奥様は「調子は良く、すごく話をするようになった。以前は生きることに興味がなさそうな感じだったが、それもなくなってきている。ただまだ少し物忘れはあります。今まで夫の物忘れがひどいので躊躇していた引越しを先日ようやくしました。環境が変わることで混乱するのではないかと不安はありましたが、逆に刺激になっている様子です」と言います。
Bさんはカウンセリングによって“自分は認知症になっていく”という不安から解放されており、抑うつは明らかに改善しています。抑うつが改善したことで意欲的になり、周囲とのコミュニケーションや認トレ(音読や書写、散歩など)にも積極的に取り組めるようになりました。その結果、物忘れや認知機能の低下が軽減してきているのです。
おわりに
「認知症は早期発見が大切だ」「認知症には前段階であるMCIという時期がある」ということはすでに周知のことだと思います。ただ間違えてほしくないのは、MCIと診断されたからといって100%認知症になるということは決してありません。本人や周囲があまりにも悲観的に受け止めることで、かえって抑うつなどにより別の症状が出現してしまうこともあるのです。
認知症治療は単に薬物療法をすれば良いというものではなく、個々人の尊厳を重んじながら時間がかかっても本人の不安や苦悩を和らげる対応が必須です。このことはいくら強調してもしすぎることはありません。MCIや認知症治療にあたる医師としてBさんの事例は、治療を進めるにあたって何が大切かということを改めて考えさせられる事例となりました。
広川先生のクリニック情報
●ひろかわクリニック(宇治駅前MCIクリニック)
京都府宇治市宇治妙薬24-1 ミツダビル4F
TEL:0774-22-3341(月-金:9:30-17:00)
http://www.j-mci.com/
●品川駅前脳とこころの相談室
東京都港区高輪3-25-27 アベニュー高輪603
(「品川駅前郵便局」が入っているビルの6階)
TEL:03-6459-3201(月-金:9:30-17:00)
※相談時間以外は転送され、担当者が対応いたします。
http://www.j-mci.com/tokyo/shinagawa.html
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