信頼関係と意識統一でつくる安心ケア~【第6回】認知症に寄り添う人々~

2017年11月7日
認知症に寄り添う人々イメージ

認知症ケアの最前線にスポットをあて、患者さんたちに寄り添ったケアに取り組まれている方々のお話しをうかがう連載「認知症に寄り添う人々」。

全6回シリーズの最後回となる今回は、横浜都筑区の介護老人保健施設「都筑ハートフルステーション」の療養管理部長で認知症ケア上級専門士の看護師・平田祐子さんです。認知症ケアのスペシャリストとして活躍する平田さんの取り組みをうかがってきました。

この記事の執筆
認知症ねっと
認知症ねっと編集部
認知症ねっと

シリーズ【認知症に寄り添う人々】

超高齢化社会をむかえた現代日本において、認知症患者の増加は大きな社会問題となっています。実際にはどんな病気なのか、予防できるのか、治るのか治らないのか。また、家族や周囲の対応は?どう接したらよいか…など、それら一連をしっかりと理解している人は多くないことでしょう。

近年、その高い関心から認知症への対策や取組み、研究発表なども多数行われています。しかし、認知症の疾患特性からみると、数字に現れるものばかりがすべてではありません。

今回「認知症に寄り添う人々」というテーマで、現場の最前線にスポットを当て、患者さんたちに寄り添ったケアに取り組まれている方々のお話しを全6回のシリーズでうかがいます。数字や研究では見えてこない真のケアやサポート方法などを深くさぐっていきたいと思います。

▼前回までの認知症に寄り添う人々
シリーズ「認知症に寄り添う人々」ダイジェスト

第6回「信頼関係と意識統一でつくる安心ケア」

毎回お一人ずつ、認知症患者とその家族へのケアやサポートに尽力する人々を紹介してきた全6回シリーズも最後回となりました。今回は、横浜都筑区の介護老人保健施設「都筑ハートフルステーション」の療養管理部長で認知症ケア上級専門士の看護師・平田祐子さんです。認知症ケアのスペシャリストとして活躍する平田さんの取り組みをうかがってきました。

子どもたちの明るい声が響く老人保健施設

介護老人保健施設「都筑ハートフルステーション」の外観
早渕川も近く緑に囲まれた介護老人保健施設 都筑ハートフルステーションの外観

——まずは「都筑ハートフルステーション」についてお聞かせください。

2001年10月開業で、今年16年目を迎える介護老人保健施設です。一般棟60名、認知棟40名、自宅復帰のための機能回復訓練からターミナル期の看取りまで幅広く対応しています。(2017年11月現在)

この施設は、施設裏にある水野クリニック(小児科・内科/1981年開院)の水野恭一医師がグループ理事長を務めています。クリニックで乳幼児からお年寄りまで診察する中、「今の核家族の世の中には子どもと老人の交流が足りない。もっとふれあうべき」という考えが芽生え、地域社会貢献の一環として設立されました。

ですから、施設と隣接してグループの保育園もありますし、病児保育室もあります。今日ももうすぐ、おさんぽタイムで子どもたちが遊びにきます。ご利用者様も子どもたちとの交流を楽しみにしていらっしゃいます。

——だから施設内がとても明るい雰囲気なのですね。

そうかもしれないです。子どもたちの声が響く老人施設というのはあまりないと思います。子どもからお年寄りまで地元に根ざした施設が揃っているというのが、こちらの最大の特徴かもしれませんね。

また、ご利用者様だけでなく、こちらで働いているお母さんたちにとっても、隣に保育園があることは大きなメリットです。子育て支援と老人福祉のお互いの良さを上手く利用しながらよい関係が保てていると思います。

ご利用者様のことはもちろんですが、私たち働く側の環境も整っていると感じます。それはとても大きなことで、こういった気持ちのゆとりがより良いサービスや応対につながるのだと思っています。

——認知症の方々も子供たちと交流されるのですか?

もちろんです。風邪などの感染症などが流行っていなければ、基本的に交流は自由ですよ。私たちよりも認知症の方たちのほうが、子どもたちへの対応が上手です。泣いたり喜んだり、笑ったり、とても有意義な時間だと思っています。

また、子供たちもお年寄りと接することに慣れてくるため、握手やハイタッチなどのスキンシップもあちらこちらで行なわれているんです。そういう交流から、自然な流れでいたわりの心が育まれているようで、本当に素敵だなと嬉しく見ています。

サービスを提供する側として意識統一を徹底

介護老人保健施設 都筑ハートフルステーションのスタッフの皆さん
明るい笑顔を見せてくれたスタッフの皆さん

——他にもこちらの特徴的なことはありますか?

施設内は窓がとても多く、どの部屋にも光がたっぷり入るように作られています。採光を取り入れることも、この施設を作る際に理事長がこだわった部分のひとつです。

たとえば、ご利用者様の4人部屋でも、それぞれの方のベッド近くに必ず窓があります。廊下側の方にも窓があるんですよ。それぐらい採光は大切だと考えています。ちょっとしたことですが、日常の見逃しがちな大切なことを大事にすることを心掛け、少しでも快適に、よりよい日々を過ごしてもらえるよう頑張っています。

——毎日のことですからちょっとしたことが嬉しいですね。

そうですね、できるだけ普通の生活のように過ごしてほしいんです。可能な限りやりたいことを自由にできる環境をつくりたいと思っています。

そんな考えもあり、入所の方は月1回、デイケアでは月2回、地域の方の助けを借りて、出張売店も行なっています。たくさんの種類のお菓子や飲み物などが並ぶのですが、皆さんこの時ばかりは目の輝きが違うんです。

買い物をする楽しみ、選ぶ喜び、探す嬉しさなど、いろいろと感じてもらえているみたいです。施設での生活は、自分で選ぶという行為がとても少ないので、そういう欲求を少しでも補ってもらえたら良いなと思っています。

——当たり前のことができる喜びは大切だと思います。

介護老人保健施設だから、認知症だからといっても、できることの制約は可能な限り少ない方が良いと思います。今の時代では当たり前ですが、私たちは開設当初から身体拘束や言葉の拘束も一切していません。

とくに言葉に関しては、スタッフがお互いに確認しあいながら、きちんとした言葉づかいができているかチェックしています。

私たちはご利用者様へ医療とサービスを提供しています。そういった立場をわきまえ、お客さまに対する思いを忘れないよう、スタッフ一同で意識統一を徹底しています。

——具体的にどのような意識統一をされていますか?

言葉に関していえば、普通の丁寧な言葉を用いてお話しをすることをスタッフすべてに周知しています。例えば、教科書に載っているような行動障害を表した暴力、徘徊、盗食などの言葉は出来るかぎり使わないようにと教育してきました。

これらの言葉を日常の介護現場で使うことは、その人にイメージをつけて烙印を押してしまう本当に不愉快な事だと思っています。手が出てしまった過程には深い理由があるかもしれないのに、暴力という言葉ひとつで、その人が心底悪い人のような印象を与えてしまいます。

そのような記録や申し送りがあった場合は、すぐさま訂正させていますし、その言葉を使うことがなぜいけないのかをしっかりと伝えます。まずはその方の様子をちゃんと把握するため「具体的にはどうだったの?」と聞いて、その時起こった現象を細やかに伝えてもらうように努めています。

——スタッフ間の連携と信頼関係は大切ですよね。

その点はとても重要視しており、月に最低でも一回は、さまざまな勉強会を開催しています。認知症に関してはもちろん、パワーハラスメントやアンガーマネジメントについての学習や情報交換、ヒヤリハットや事故防止のための危険予知トレーニング(KYT)の実践と、外部講師による研修会なども行っています。

薬ではなく食べ物で機能改善を目指せて嬉しい

「都筑ハートフルステーション」の看護師・平田祐子さんインタビューの様子

——では、認知症の方への何か取り組みをされていますか?

以前から高齢者の方々の低栄養化は大きな課題でした。また、どんなにきめ細かに対応して機能回復訓練を行なったとしても、加齢や症状進行で食事や移動、入浴といったような日常生活動作の低下が進んでしまい、食が細くなって低栄養状態になってしまいがちです。

どうしようかと悩んでいたところ、知り合いに中鎖脂肪酸の摂取をすすめられました。中鎖脂肪酸は腸壁から吸収され、そのまま肝臓に運ばれて即効性のエネルギー源になり、効率よくエネルギーとなって燃焼してくれる。さらに、アルツハイマー型認知症への改善効果も期待できるとうかがい、ぜひ試させてもらいたいと考え、取り組みをスタートさせました。

——具体的な取り組み例を教えてください。

ご利用者様の中からご本人が嫌がらず、かつ、ご家族の了承をいただいた方を対象に、スティック状のゼリータイプの中鎖脂肪酸を摂取してもらいました。水なしで1本6gの中鎖脂肪酸が摂取できるということで、とても手軽でした。

アルツハイマー型認知症の90代女性を例にあげます。入所前5年間と入所後5年間、トータル10年間、アリセプトというアルツハイマー型認知症等の症状の進行を抑える薬を服用しておられましたが、だんだんと体力も食も衰えてしまいました。ある時、医師からもアリセプト服用の段階ではないだろうという診察結果を受け、服用をストップしました。

それまでは介助が必要ではあったものの、食事をする行為や意志は持たれていたのですが、ストップ後1ヵ月であっという間に食行動が乱れてしまって、食べ物の認識さえできなくなってしまいました。

ちょうどそのころ頃、中鎖脂肪酸のお話をいただいき、ご家族のご了承を得て、摂取をスタートさせました。中鎖脂肪酸ゼリーを1日2回、3ヵ月間続けていただいたところ、本当に驚くような効果が見られました。

——中鎖脂肪酸の驚く効果とは?

月日を追うごとにどんどん機能がもどってきたんのです。食べ物を床に放り投げたりテーブルにこすりつけたり等の行動が見られていたのですが、それらの行動がなくなりました。口の中に食べ物をため込んでしまい、なかなかのみ込めなかったのですが、噛んでからのみ込むといった一連の食べる動作が、またできるようになりました。お箸も上手に使えるまでに回復し、混乱した表情が無くなり、無表情から笑顔に戻りました。このような変化にスタッフ一同とても驚き喜びましたが、誰よりもご家族がこの変化に感動されていました。

——自分で食事ができるまでに改善とは、すごい効果ですね。

そうなんです。おかゆから米飯にも切り替わりましたし、言動も行動も穏やかになって、他の利用者様とも一緒に過ごせるようになりました。

検査したわけでもなく科学的な根拠はとっていませんが、生活動作機能や表情が蘇ったことは明らかですし、中鎖脂肪酸を摂取したことの効果であることは事実です。

他に試していただいた方も、病状は様々なのですが、意識レベルが向上したり、コミュニケーション力が回復したりと、よい結果につながった方が多く見られました。表情、言葉、忘れていた自己機能が改善し、QOL向上につながったと思います。

これらの結果を研究成果として第18回日本認知症ケア学会大会で発表させていただきました。私たち以外にも同様の取り組みをされ、改善効果を体験されているお話しをうかがい、より一層、中鎖脂肪酸の結果に自信を持つことができました。

——ちなみに、中鎖脂肪酸ゼリーとは美味しいのですか?

美味しいですよ、実は私も食べているんです。ヨーグルト風味ですし、ゼリーなのでツルッとのど越しが良くて、持ち運びもできてとても気に入っています。小腹が空いた時にちょうど良いように思います。

サプリのような感覚でたべていますが、摂取すると頭がスッキリする感じはします。中鎖脂肪酸をすすめていただいた方に「視力の回復にも効果があるらしいよ」と聞いていたのですが、本当に視力が0.1から0.7に回復したんですよ。

薬じゃなくて食べ物ということ、美味しく食べながら改善が期待できること、何よりもそれが一番素晴らしいですし、嬉しいことだと思います。

個人を尊重することが寄り添うケアに

——認知症の方と接する時に大切にしていることはありますか?

私が大切にしているのは、普通であること、特別視しないことです。認知症だということを理由に、その方を知ろうともせず、病状だけを見てケアやお世話のみを行なうことは違うと思いますし、失礼なことだと思うのです。

このことは、学生たちへの講義の場でもとても大切なこととして最初にお伝えしています。認知症というのは、たまたま持ち合わせてしまった病状というだけで、その方そのものではありません。それを理解しているかいないかで、ケアの内容にも大きく差が出ると思います

——「普通であること」こそ寄り添うケアのような気がします。

「普通であること」といっても、口では簡単にいえますが、とても難しいとことだと思います。難しいと感じた時には「認知症の◯◯さん」ではなく「◯◯さん」という一個人を尊重して接してみてください。

介護するぞ、お世話するぞ、といって構えず、困っていたら声をかける、手助けをする、サポートをする。そういったスタンスを持つと、ケアをする側の心もフッと軽くなると思いますし、ケアされる側だって楽な気持ちになれるはずです。

たまたま私たちが健康だから、その方たちの不健康な部分をサポートできている、そして、認知症の方々からもたくさんのことを教えていただいているという“お互いさま”的な考え方が認知症ケアの現場では大切だと思います。

——最後に、認知症の方のご家族へメッセージはありますか。

ご家族は本当にお辛いですし大変ですよね。ご家族には常に一個人を尊重して…などと無理強いすることはできませんし、できない時もあると思います。ですから私たちを信頼して、もっともっと頼ってほしいと思います。

現場の介護士から「困っていることほど隠さずに相談してほしいし伝えてほしい、排泄やお風呂などの大変な部分こそ是非チカラになりたい」という現場ならではの声をもらっています。ご家族は本当に頑張っていらっしゃいます。そのご家族に教科書的なアドバイスはできません。現場介護士の声のように、私たちにいろんな問題をぶつけ、頼っていただければと思います

施設にはいろいろなプロが揃っていますので、様々な選択肢を提供できると思います。私たちはいつでもお待ちしておりますので、不安や悩み事など、お一人で抱え込まずにお話しください。そして一緒に考えてまいりましょう。

取材・文 たなべりえ

今回お話をうかがったのは

医療法人活人会 介護老人保健施設 都筑ハートフルステーション/療養管理部長 看護師 平田 祐子さん(認知症ケア上級専門士)
介護老人保健施設 都筑ハートフルステーション
療養管理部長 看護師 平田 祐子さん(認知症ケア上級専門士)

医療法人活人会 介護老人保健施設 都筑ハートフルステーション
横浜市都筑区で2001年解説の介護老人保健施設。保育園が隣接する。
施設名には、生き生きとした心(ハートフル)で、人々が集い行き交う場所(ステーション)になれるようにと想いがこめられている。

▼関連リンク
脳のエネルギー不足を助ける「中鎖脂肪酸」の働き

▼シリーズ「認知症に寄り添う人々」記事
第1回「若年性認知症の方の居場所をつくりたい」
第2回「生活支援につながる栄養ケアで負担を軽くしたい」
シリーズ「認知症に寄り添う人々」ダイジェスト

▼外部リンク
介護老人保健施設 都筑ハートフルステーション

【この記事を読んだ方へのおすすめ記事】

このページの
上へ戻る