お互いを理解し合う質の高いケアを~【第5回】認知症に寄り添う人々~

2017年10月7日
認知症に寄り添う人々

認知症ケアの最前線にスポットをあて、患者さんたちに寄り添ったケアに取り組まれている方々のお話しをうかがう連載「認知症に寄り添う人々」。

第5回は、京都市左京区の介護老人福祉施設「社会福祉法人市原寮」の福祉・医療研究センター長、川西秀徳先生です。先生は京都府立医科大学卒業後、渡米してアメリカ各地の大学付属病院に勤務。米国総合内科・老年病・消化器病の専門医・指導医として勤められました。帰国後は、日本各地で急性期・慢性期・リハビリテーション病院病院長や、日本臨床栄養学会栄養指導医、市原寮グループ、福祉・医療国際研究センター長等として現在まで精力的に活動されています。近年は健康長寿のための包括的療法に注力。特に、栄養指導や食事療法に力を注ぐなど、幅広く活躍されている川西先生の取り組みについてうかがってきました。

この記事の執筆
認知症ねっと
認知症ねっと編集部
認知症ねっと

シリーズ【認知症に寄り添う人々】

超高齢化社会をむかえた現代日本において、認知症患者の増加は大きな社会問題となっています。実際にはどんな病気なのか、予防できるのか、治るのか治らないのか。また、家族や周囲の対応は?どう接したらよいか…など、それら一連をしっかりと理解している人は多くないことでしょう。

近年、その高い関心から認知症への対策や取組み、研究発表なども多数行われています。しかし、認知症の疾患特性からみると、数字に現れるものばかりがすべてではありません。

今回「認知症に寄り添う人々」というテーマで、現場の最前線にスポットを当て、患者さんたちに寄り添ったケアに取り組まれている方々のお話しを全6回のシリーズでうかがいます。数字や研究では見えてこない真のケアやサポート方法などを深くさぐっていきたいと思います。

▼前回までの認知症に寄り添う人々
シリーズ「認知症に寄り添う人々」ダイジェスト

第5回 「お互いを理解し合う質の高いケアを」

第5回は、京都市左京区の介護老人福祉施設「社会福祉法人市原寮」の福祉・医療研究センター長、川西秀徳先生です。

先生は京都府立医科大学卒業後、渡米してアメリカ各地の大学付属病院に勤務。米国総合内科・老年病・消化器病の専門医・指導医として勤められました。帰国後は、日本各地で急性期・慢性期・リハビリテーション病院病院長や、日本臨床栄養学会栄養指導医、市原寮グループ、福祉・医療国際研究センター長等として現在まで精力的に活動されています。

近年は健康長寿のための包括的療法に注力。特に、栄養指導や食事療法に力を注ぐなど、幅広く活躍されている川西先生の取り組みについてうかがってきました。

豊富な臨床経験を生かしたトータルケア

——まずは現在活動している「市原寮」グループについてお聞かせください。

こちらの介護老人福祉施設「市原寮」を含め、すぐ近くにある全室個室ユニット型特別養護老人ホーム「花友いちはら」、同じく介護老人福祉施設「花友しらかわ」「花友にしこうじ」、地域密着型介護老人福祉施設および小規模多機能の「花友はなせ」、デイサービスおよび多目的施設「花友じゅらくだい」と、京都市内の各地でさまざまな福祉サービスを展開している社会福祉法人です。

私の在籍している「市原寮」は1961年開設、介護老人福祉施設、ショートステイ、デイサービス、居宅介護支援、養護老人ホームと幅広く展開。広い敷地内に本館、中央棟、西棟などが建つ老人福祉・介護保険総合施設です。施設内に診療所もあり、福祉と医療の連携施設として多くの方にご利用いただいています。

医学博士 川西秀徳さんの近影

——こちらでどんな役割を担っておられますか?

私は経歴がちょっと異色なんです。京都府立医科大学を卒業して医師免許取得後、京都大学大学院で医学博士号を取得して病理の研究をおこなっていました。その後、1968年に渡米してアメリカ各地の病院に勤務しておりました。

臨床はアメリカで学び、インターン・レジデントを含めて27年間をアメリカの内科医師として過ごしてきました。消化器内科の臨床を中心に、消化器免疫の研究、ホリスティック医療※1、老年医療、アンチエイジング医療※2の米国専門医として活動し、日本に戻ってきました。

1995年に帰国してからは、これまでのいろいろな経験を生かしてほしいとお声をかけていただいた病院に勤務させてもらっています。今まで勤務してきたのは、千葉の亀田総合病院、神奈川の湘南鎌倉病院、沖縄浦添総合病院、浜松の聖隷三方原病院など。そして、2004年にこの社会福祉法人市原寮の福祉・医療国際研究センター長、グループチーフメディカルディレクター、外国人臨床研修指導医、老年病・消化器病・臨床栄養専門医等として呼んでいただきました。

それからまた数件の医療療養型慢性病院、回復期リハビリテーション専門病院等を経て、再度2015年にこちらへ再就任し、法人福祉・医療研究センター長、施設リハビリ、看取りケア管理指導、施設ケアコンサルタント医として活動しています。

※1ホリスティック医療…統合医療とも呼ばれる。現代西洋医学やその方法論だけでなく、東洋医学も含めたさまざまな療法を、積極的に取り入れて、ひとりひとりの患者に合わせた統合的な治療とケアを行うこと

※2アンチエイジング医療…日本語では抗加齢医療。加齢(老化)によって発症しやすくなる動脈硬化や、がんといった加齢関連疾患の発症確率を下げ、健康長寿をめざすこと

健康長寿のための食と栄養の知識を広める

——具体的にはどのような活動でしょう?

内科医としての一般診療はもちろんですが、これまで専門で学んできた臨床老年学・緩和医学・消化器内科学・臨床栄養学・臨床リハビリテーション学などを駆使し、入居者やご利用者のトータル的な指導とケアを行なっています。

アンチエイジング医学や回復期リハビリテーションも深く学んできたため、それらを見据えた健康長寿のための栄養や食事法、運動療法、精神療法の実践的な指導にも力を入れています。

——健康長寿を目指す食事に興味をもたれる方は多そうです。

今、「皆で100歳プラス健康長寿を目指そう サクセスフルアクティブエイジングへのパス」として、健康長寿のライフスタイルを広く提案しています。その一環として、社会福祉法人市原寮主催で私が統括責任者となり、健康長寿栄養指導者養成セミナーも定期的に行っています。

大学教授やベテラン管理栄養士、農業のスペシャリストなど、それぞれ食の分野に精通する方々をお招きし、さまざまな健康長寿に繋がる食についての総合的視点で講義を行っていただきます。

さらに、いくつかの信頼できる食品メーカーさんにもご参加いただき、ヘルシーな食品の紹介も行っています。実は、私のプロデュースで、市原寮グループの管理栄養士の皆さんに、特製ヘルシーランチとスイーツも会場内の厨房で作っていただいて提供しているんですよ。これがとても美味しくて健康的だと毎回、大好評です。

——ランチとスイーツ付きとは豪華なプログラムですね。

内容的にも栄養関連のプロフェッショナルの方々に、実践的で現実的なプログラムを組んでいただいていますから、本当に豪華ですよ。これを学べば高齢者の方への包括的な健康長寿栄養指導が可能になると思います。

全8回のセミナーで半分は終わってしまったのですが、セミナーを受けていただいた方には、今後地域の健康長寿・栄養顧問・臨床栄養管理士などとしての新しい活動領域の可能性が広がるはずです。

全8回のセミナーで半分は終わってしまったのですが、セミナーを受けていただいた方には、今後地域の健康長寿・栄養顧問・臨床栄養管理士などとしての新しい活動領域の可能性が広がるはずです。

認知症患者を対象にした研究を実施

——食について他にも取り組みをされていますか?

昨年度になりますが、老人介護福祉施設として認知症の入居者の方を対象に、中鎖脂肪酸MCTオイル)の摂取に関する研究を行い、その研究結果をまとめています。

——中鎖脂肪酸 の取り組みを詳しくお聞かせください。

まず、入所利用者さんの選定方法ですが、重度認知症の患者に的をしぼり、中核および周辺症状への影響を研究いたしました。

川西先生の認知症患者における中鎖脂肪酸(MCTオイル)摂取に関する研究概要

使 用 MCTオイル
対 象 65歳~95歳の重度認知症患者
(MMSE※3 7点以下、CDT※4 10点満点中3点以下、FAST※5 6・7ステージ)
人 数 家族の同意が得られた9名
摂取方法 15gのMCTオイルを、1日1回、昼食時または夕食時に経口摂取
摂取期間 2ヶ月間
経過観察 摂取期間終了後2ヶ月間
備 考 ・研究開始以前から服用していた処方薬は変更せずそれまでどおり服用した
・研究対象の9名には、MCTオイルを摂取しないグループも含まれる

※3MMSE(Mini Mental State Examination)…ミニメンタルステート検査。1975年にアメリカのフォルスタインらが考案した認知症診断用の知能検査
※4CDT(Clock Drawing Test)…時計描画試験。丸時計の絵を描いて前頭葉・側頭葉等の機能を反映する検査
※5FAST(Functional Assessment Staging)…認知症行動観察評価。アルツハイマー病機能進行ステージ。正常段階(ステージ1)を含めて病期分類は7段階

認知症周辺症状に驚きの結果

——取り組み研究の結果はいかがでしたか?

MCTオイルを摂取したグループは、すべての方に改善が見られました。中核症状の一部には軽度の改善が、一方で、周辺症状については中等度から明らかな改善が見て取れました。

イメージ画像

例を挙げますと、要介護度4の若年性アルツハイマー型認知症の65歳女性の場合、摂取前は言葉を発することが全くなかったのですが、摂取後は聞き取れない部分もあるものの早口で話ができるようになり、はっきり「はい」と返事も出来るように。さらに、笑顔が無く無表情だったのが優しい表情に変わりました。

また、要介護度5のアルツハイマー型認知症の86歳女性の場合は、摂取前は身体全体をバタバタさせてケアなども抵抗していたのですが、摂取後はそれが完全になくなりました。声かけにも笑顔で応じてくれることもあり、顔の表情も優しくなって、ゆったりと静かに落ち着いて過ごすことが増えました。

その他も、いわゆる中核症状や特に周辺症状が明らかに緩和された方が見られ、私もほんとうに驚きました。しかも、それが摂取後に短期間で効果がわかる場合も多く、素晴らしい結果を生む可能性があると感激いたしました。

MCTオイルの摂取をしなかったグループでは、このような症状に変化が無いか悪化してしまう症例もありました。さらに興味深いことに、MCTオイル摂取終了後2ヶ月間の観察では、MCTオイルを摂取したグループの症状の改善がそのまま維持されていたことでした。

——何度か伺いましたが、やはりすごい効果ですね。

中鎖脂肪酸は、長鎖脂肪酸など他の油脂などに比べ、消化吸収が早いのが特徴です。他の油脂は小腸からリンパに入って吸収されるのに比べ、中鎖脂肪酸 は胃から肝臓に入り、ケトン体となって脳に取り込まれてエネルギー源になります。

つまり、中鎖脂肪酸はエネルギー吸収スピードがとても早いというわけです。ですからご高齢の認知症の方のように、体も脳も衰えている方にはすぐにエネルギー源となる中鎖脂肪酸は有効に働くのです

▼関連リンク
認知症の中核症状と周辺症状(BPSD)

短時間でエネルギー源に変わる即効性

味噌汁やサラダ等にかけるだけで手軽に摂取できる無味無臭のMCTオイルが市販されている

——中鎖脂肪酸は今後も高い注目を集めそうですね。

中鎖脂肪酸を摂取すると胃から肝臓に入ってケトン体となって脳で吸収されてエネルギー源になるとお話ししましたが、それが重要なポイントです。その消化吸収スピードは、一般の脂の約4倍以上も早いとされています。

長い間、脳の栄養源はブドウ糖のみであると言われていました。ところが、最近ではブドウ糖が不足するとその代替エネルギーとして、ケトン体を利用することが明らかになっています。中鎖脂肪酸を摂取することで、ケトン体を素早く吸収できますから、認知症の方の脳にも、代替エネルギーとしてケトン体が活用された。さらに短時間でエネルギー源に変わるわけですから、即効性の効果も感じやすいというわけですね。

また、中鎖脂肪酸は、効率よく燃焼してエネルギー源となります。つまり、脂肪としては蓄積されにくいので、肥満にもなりにくいのです。

——その他にも何か考察はありましたか?

この研究は、数値や検査で表すことの出来ない改善が主になります。中鎖脂肪酸を摂取することで、明るい笑顔を取り戻したり、人間らしい行動が蘇ったり。ですので、医師としては見解を求められてこんなに難しいことはないのですよ。

つまり、数字で表記できるものがほとんどないため、研究結果を発表することや論文を書くことが本当に困難でした。しかし、その部分に注目し、考察と研究要約をまとめました。

——それについて簡単に教えてください。

今回の臨床研究において、中鎖脂肪酸の高次脳機能への影響と即効性を顕著に感じることができました。さらに、脳の新皮質の高次認知機能と、深皮質の大脳辺縁系とは密接な関係があり、お互いが恊働していることもわかりました。

簡単に言いますと、おのおのが相互に影響し合い、一方の改善や低下は、他方の改善や低下を誘発しているということです。また、認知症の方を取り巻く環境にも注目してください。

中鎖脂肪酸摂取での症状改善だけでなく、その改善を前向きに感じた介護スタッフや家族の態度や発言も、その改善に大きく影響していると考えています。

脳の相関関係イメージ図
川西先生のお話を元に作成したイメージ

ケアの質向上が更なる良い連鎖に繋がる

——周囲の態度にも関わりがあるのですね。

中鎖脂肪酸を摂取して表情や行動が改善してきた認知症の方には、普段接している介護スタッフや家族が投げかける言葉や態度の質までも明らかに変わりました。これは実に人間らしさがよく現れていると思います。

昨日までできなかったことができるようになると「すごいですね!」「嬉しいです!」と前向きなコミュニケーションに繋がります。するとそれがケアスタッフや家族の優しさ、思いやりとして広がっていき、その他のケアにも影響してくるというわけなのです。

中鎖脂肪酸の作用だけでなく、そのような間接的でありながら前向きな影響も加わり、より良い結果に繋がったと考えています。摂取を終えた2ヶ月間においても、改善が維持されたのは、そういった周囲とご本人との前向きなコミュニケーションがあったからともいえますね。

——中鎖脂肪酸とケアの質アップが相互で働いたのですね。

私個人の意見として、認知症の治療は非薬物療法の部分がとても大切だと思っています。ケアの大切さ、コミュニケーションの重要性、思いやりの心と優しさ、一人の人間として敬意を払われ尊厳を守られること、どれが欠けても認知症の症状は進んでしまいます。

加齢によって衰える機能のうち、比較的その機能が保たれるといわれる大脳辺縁系を活性化するためには、楽しいこと、幸せ感、思いやり、優しさ等の感情や情動を呼び起こさせるケアを提供することが重要です。それは、認知機能の低下も軽減し、予防にも繋がりますからね。

——ケア負担の軽減にも繋がりますよね。

そうですね。中鎖脂肪酸が周辺症状などの予防・治療効果を高めることにより、周りのケアの質がアップする。よいケアを受けると、認知症も悪化しにくくなる。さらにケアの負担も軽減し、より一層よいケアを提供できる…とても良い連鎖に繋がりますよね。

人間の脳というのは宇宙に例えられるとおり、無限のネットワークで結びついています。全ての神経は何らかの由来をもっていて、お互いにシグナルをもっているのです。ですから脳の一部が機能を失えば、全てに影響が出てきます。

そのことから、中鎖脂肪酸は脳の全てに、多少の差はあるものの良い影響があると考えています。私は、われわれの今後を助けてくれる万能オイルではないのか、とさえ思っているほどですよ。

——確かに世の中の期待が大きくなっているのを感じます。

認知症の予防や治療効果に期待できる他、認知症をもたない高齢者の方にも効果があると思っています。加齢とともに低下する記憶、注意力、計算力、言語力、判断力などの認知関連症状と、本能や感情、情緒、情動の異常症状、そのどちらにも作用し、症状軽減の可能性があると考えています。

——最後に今後への思いなどお聞かせください。

中鎖脂肪酸の研究もそうですが、食や栄養は人間が健やかに生きていくうえで欠かせない、最も大切な分野だと思っています。これからの超高齢社会を見据え、健康長寿を目指すこと、それを提供することが一番の課題ですね。

これまで長年研究してきた老化のメカニズムや心のケア(マインドフルネス)、運動療法などの抗老化対策、健康長寿のための栄養療法や食事開発など、積極的に進めて広めていきたいと思っています。そのことも、認知症に寄り添っていくことに繋がると考えています。

再度になりますが、認知症はなによりもケアが大切で、そのケアの質が症状の進行を左右すると言っても過言ではありません。介護する側とされる側、お互いが理解し合うために、ケアの質の向上ができる環境づくり、食事療法の確立、そして精神療法や運動療法も含めて、非薬物療法的な部分をもっと見直して、大切にしていきたいですね。

取材・文 たなべりえ

今回お話をうかがったのは

医学博士 川西秀徳先生(社会福祉法人市原寮 福祉・医療研究センター長)
医学博士 川西秀徳先生(社会福祉法人市原寮 福祉・医療研究センター長)

社会福祉法人市原寮
京都で医療機関と福祉施設との中間的な福祉医療施設の必要性から、生活保護法養老施設として1961年に開始。1964年には京都市で初めての特別養護老人ホームを開設した。
基本理念を『生きる喜び明日への希望』とし、利用者それぞれの目線に立った、心の介護を実践。介護老人福祉施設 市原寮をはじめとし、京都市内で複数の施設を運営している。

▼関連リンク
脳のエネルギー不足を助ける「中鎖脂肪酸」の働き

▼シリーズ「認知症に寄り添う人々」記事
第1回「若年性認知症の方の居場所をつくりたい」
第2回「生活支援につながる栄養ケアで負担を軽くしたい」
シリーズ「認知症に寄り添う人々」ダイジェスト

▼外部リンク
社会福祉法人市原寮 公式サイト

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