生活課題の解決が認知症治療につながる 髙瀬先生インタビューpart1
医療法人社団 至髙会たかせクリニック理事長 髙瀬義昌先生インタビュー
在宅医療、というと、みなさんどのような印象をお持ちでしょうか。大切な家族と一緒にいられる反面、介護する家族が大変…といった不安もあるでしょう。そんな在宅医療に関し、医療の域にとどまらず、家庭に入り込んで生活環境からサポート。患者と家族の困りごとを解決し、症状の緩和・改善を実現させる医師がいます。
訪問診療で認知症治療に取り組む「たかせクリニック」院長、髙瀬義昌先生の活動についてお話を伺いました。
- 話し手
「在宅医療のスペシャリスト」髙瀬先生
大田区の下町に居を構える「たかせクリニック」の扉を開けると、所狭しと並べられたデスクで皆忙しく立ち働く光景が広がります。こちらは認知症治療を中心に訪問診療を行うクリニック。一般の病院とはだいぶ印象が違います。院長の髙瀬先生ご自身も「“全然医者らしくない”とよく言われます。絶対に医者は駄目だという人ほど、僕が行くと仲良くなっちゃう」と、在宅医療分野のスペシャリストながら気さくな雰囲気の先生です。
訪問診療で日々患者の家庭を飛び回る傍ら、学会や海外の団体などの活動のほか、行政との連携など、精力的に活動される先生。高齢化が進み、さまざまなメディアで認知症の介護問題が取り沙汰される中、多くの患者や家族を支えると共に、社会への在宅医療の周知にも取り組んでいます。
先生が在宅医療に関心を持ち始めたのはクリニック開院より前になる2000年頃。もともと小児科医であった先生は、あるとき医学界新聞に、アメリカで家庭医学のレジデント研修をする医師の記事を発見し、その医療方針に頭を後ろから叩かれたようなショックを受けたと言います。「家族療法」と言われるその医療方針がまさに「医療を施すだけでなく患者を取り巻く環境を包括的に診る」というものでした。
2004年のクリニック開院以降、髙瀬先生が治療に携わった患者の数は延べ1,500人近く。その中には、寝たきりの状態から自分で歩くまでに快復した患者もいるのだそうです.
先生の実践する在宅医療とは
先生の治療は、通常の認知症外来とはアプローチが全く異なります。往診して家庭に入り込み、時間をかけて対話するところから始まるのです。
「自分は患者さんと仲良くなるのが他のドクターよりもちょっと上手いかも」と話す髙瀬先生。「スクーターで訪問することもあり、はたから見ると『ピザ持ってきたおっちゃん』みたいな感じだから、患者さんも構えない。そしてお話していくと家族内の葛藤がすぐに出てくる。それが治療構造を整えたり、次を展開するきっかけ作りにすごく大事」。
置かれた環境を理解し、医療だけでなく家庭問題までも見据え、様々な視点からトータルでサポートすることを基本としています。
「認知症と単純に決めつけてしまってはだめ。認知症もあって、実は別の老年精神医学的な疾患もあって、それに薬がかぶさることで、また少し認知機能が落ちてしまっている人も結構いるんだよね。単純にアルツハイマー型、レビー小体型、脳血管型というわけにはいかない。だからそれに気づいてからは、訪問診療が面白くて仕方ないんだ」。
先生たちのチームが関ることにより、「家庭内のわだかまりや、クローズドになっていたものが少しずつ解けて開いてくるような状況を作る」と言います。
「僕が一番好きなのは、カウンセリングと、この『行動変容』の部分。患者さんや患者さんの家族、そして僕ら治療にあたる側も一緒に行動変容していかないと良いものは生まれないという潜在的な思いがあって、在宅医療をうたってきたんです」。
患者を抱える家庭の「困りごと」を解決することから関わっていくのが、髙瀬先生の考える在宅医療なのです。
在宅医療を実現するうえで重要になるのは、何よりも患者や家族との信頼関係を築くこと。
「昔から言われていることだけど、ちゃんと目を見て話す。ユマニチュードの基本と全く一緒ですが、相手の人間としての尊厳を尊重して対等な関係を築くことが基本」と先生は言います。そうした信頼関係を築いたうえで対話することで、会話の中に問題点を見出し、次の展開をつくるきっかけにしていくのです。
患者との関りを繰り返し、行動変容を促す~ある患者の場合
診療の具体的なエピソードを伺いました。 髙瀬先生が治療に携わった患者の中に、認知症による夫婦関係の悪化から抜け出したご夫婦がいます。
「患者は妻。僕らからすれば『このお母さんと付き合っている旦那さんはえらいな』という感じだったんだ。 そこそこ広いアパートなんだけど、ゴミ屋敷。スペースがほんの少ししかない。奥さんには認知症も含め精神疾患もあって、旦那さんが気に入らなくてすごい悪態をつくんだよね」
そこに先生のチームが介入し、コミュニケーションを重ねて閉鎖空間がオープンになった時に、奥様に変化が出てきました。
「僕らが行くたびに、『お母さんから見るとお父さんにも嫌なことがあるかもしれないけど、僕らから見ると、このゴミの中2人暮らしでお母さんを守ろうとしている、得がたい良い人だよ』と言い続けていたら、奥さんも旦那さんに対する見方を考え直したみたいで、自分から病院へ行くほど客観的に自分の状態を見ることができるようにまでになりました」
患者の家庭問題から解決していく医療を「家族療法」と言い、前述の例のように、起きている事柄自体は変えずに見方を変えていくことを「リフレーミング」と言います。髙瀬先生は、リフレーミングは、家族療法の基本であると考えています。
「患者さんとのそういう関わりを繰り返しやっていくと、天の岩戸じゃないけれど、ある時殻がピッと割れて変化が起きる。そして、それが開いちゃうとこのお母さんのようにバタバタっと良くなっちゃう。それが面白くてやめられないんです」と笑う先生は、自らの手法をこう説明します。
「潜在的で、可視化あるいは言語化していないものを、言葉やコミュニケーションのキャッチボールの中で少しずつ浮かび上がらせていくやり方。だんだん困りごとが解消されて本人が生活しやすくなった結果、ケアしている家族もやりやすくなり、結果薬が減ったりもします」。
患者の状態を良くするために必要なのは、本人のみに向けた働きかけではなく、周辺も含めて診た上でアプローチしていくこと。たかせクリニックのスタッフも、先生を通じてその手法を実践されています。
~編集部より~
髙瀬先生の治療は、薬などで対症療法を行う外来治療とは一線を画しています。
家庭という現場に入りこみ、家族や環境に働きかけることで、症状の改善につなげるその手法と効果は、時間と忍耐は必要ですが、時に魔法のように感じました。
読者の皆さんには「こんなドクターがいるんだ!」という事実を知っていただくと共に、是非、通院の際には困りごとを担当の先生に相談してみていただきたいなと思います。
治療のヒントが出てくるかもしれません。
次回は、「家族療法」についてより詳しくお伝えします!
第2回インタビュー「家庭医学」の実践で患者の環境を改善はこちらから
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